ドイツワインは難しい、と友人に言われたことがある。
彼が言うには、フランスワインは、まだわかりやすい。ボルドーならシャトーの格付けがはっきりしているし、ブルゴー
ニュなら畑の格付でだいたいわかる。しかし、ドイツワインはどうも、よくわからない。

彼の言うことにも一理ある。
第一に、ドイツワインの醸造所はボルドーと違って、格付けが無いに等しい。一体、どの醸造所が優れているのか、
そうでないのか、わかりにくい。第二に、ドイツの葡萄畑の呼称システム。これはずいぶん長いこと議論の的になって
きたが、集合畑と単一畑の区別がラベル上ではほとんどつかない。また、たとえ有名な畑名であっても、必ずしもワ
インの質がそれに伴っているとは限らない。第三に、葡萄の収穫時の糖度による肩書き。これもQbAであっても実は
シュペートレーゼ以上の糖度の収穫だったり(志の高い造り手に特に多い)、アウスレーゼと名乗っていても、ちっとも
美味しくなかったりする。それに輪をかけて複雑にしているのが、辛口(トロッケン)、中辛口(ハルプトロッケンもしく
はファインヘルブ)と甘口が、それぞれの肩書きで存在することと、シュペートレーゼの肩書き以上では、往々にして
星やら樽番号やらキャップシールの色で、ワインの質が異なっているという状況がある。



最近になって、こうした状況を改善するべく、新たな試みが行われている。
そのひとつが、味筋による名称の設定。辛口で、地域に伝統的な葡萄品種を用いて、試飲審査に合格したものを『ク
ラシックClassic』、辛口で、収穫量を低く制限して、クラシックよりも充実した飲み応えのあるものを『セレクション
Selection』、それぞれの地区の特に優れた畑からの収穫で、収穫量を低く制限したものを『エアステス・ゲヴェクス
Erstes Gewaechs』(フランスワインでいうプルミエ・クリュ)と称する試みである。

確かに、『クラシック』と名乗っているものは、どの醸造所、どの生産地域、どの畑のワインでもわりと満足の行く辛口
であり、失望させられることはほとんどない。価格も手ごろで、安心して選択できる目安にはなっている。『セレクショ
ン』に関しては、ほとんどドイツでも見かけないし、飲んだ経験も少ないので曰く言い難いが、コンセプトからすると、そ
れほどはずれのワインには当たらないハズではある。『エアステス・ゲヴェクス』に関しては、VDPラインガウがとくに
積極的だが、先日の試飲会の印象では、『カルタ』(10年位前からVDPラインガウが提唱している、食事にあわせた
辛口ワイン)よりも若干ニュアンスに富んでいるものの、『カルタ』の2倍近い価格のわりには、それほど顕著な差が
感じられない。



さてそれでは、一体どうやって優れたドイツワインを見つければいいのか?
理想的なのは、あたりまえだが、自分で飲んでみることである。心意気のあるインポーターの試飲会や、あるいはドイ
ツで春から秋にかけて無数に開催されている試飲会を訪れるのもいい(試飲会の情報はインターネットで容易に入手
できる。例えばVDPのHPhttp://www.vdp.de、ドイツワイン広報センターのHPhttp://www.deutscheweine.de)。一番
いいのは、信頼できる酒販店をみつけることだろう。プロフェッショナルな経験を積んだ店主がいる店ならば、的確な
アドバイスとともに納得のいく価格と品質のワインが手に入るはずである。

しかし、店頭でみかけたワインがどういったものなのか、自分で見当をつけるにはどうしたらいいのか?上でも書いた
ように、ドイツワインの場合、村名、畑名は参考にならない。インポーターや酒販店の醸造所の情報は、なかば当然
なのだが、いいことしか伝えていない。日本で往々にして目にするのは、伝統ある醸造所だから、とか、貴族が経営
している醸造所だから、とか、かつて王侯貴族が愛飲していたワインとかいう話なのだが、そんなものは現在のワイ
ンの質を見定めるのに何の役にも立たない。有名な畑名を名乗っていても、あるいはアウスレーゼ、ベーレンアウス
レーゼを名乗っていても、つまらないワインは山ほどあるし、価格設定が不当に高いと思われるものも、ことドイツワイ
ンに関しては、残念ながら非常に多いのである。

また逆に、ほとんど無名の醸造所で、無名の畑であっても、驚くほど質の高い、素晴らしいワインが、ドイツワインの
場合これまた無数にある。要は、つまるところ、造り手の心意気と腕次第で、ワインは素晴らしくもなるし、凡庸にもな
り得るのだ。



では、心意気とは何か?一応の目安は、畑の面積あたりの収穫量である。ドイツワイン法で許容されている収穫量
が、地域により違うが、仮に120hl/haであったら、その半分以下の収穫量(60hl/ha以下)に制限してワインを造って
いるならば、おおむね品質に対する意識の高い造り手と言える。また、有機栽培にこだわる造り手も、別の意味で志
の高い醸造所なのだが、そのワインが美味しいかどうかはまた別の問題となる。

そうした造り手をどうやって見分けたらいいのか?一つの目安は、特定の醸造所団体に加盟しているかどうかであ
る。最も著名なVDP(Verband der deutscher Praedikatsweingueterドイツ高品質ワイン醸造所組合)は、毎年安定し
て品質の高いワインをリリースしている醸造所のみ加盟を許され、ドイツワイン法よりも厳しい独自の基準を自らに課
している。また、モーゼルならばBernkasteler Ring醸造所団体加盟の醸造所が、VDPに勝るとも劣らない高品質な
ワイン造りを行っている。



さらに具体的な情報としては、いくつか出版されているドイツワインガイドがある。特にゴー・ミヨ(Gault Millau)はドイツ
で最も影響力の大きい、いわばロバート・パーカーのワイン・アドヴォケイトに相当するガイドブックである。ミシュラン
の星よろしく葡萄の房で醸造所が評価され、その増減によってワインの売れ行きは少なからず影響される。2005年
版の情報もインターネットで公開されているので、参照されたい(http://all.gmserver.de/dw/)。

もうひとつの代表的なワインガイドが、アイヒェルマンのドイツワインガイドである(Eichelmann, Deutschlands Weine)。
これはロバート・パーカーに対するシュテファン・タンザーといった感じのガイドで、醸造所をはじめワインの評価もゴ
ー・ミヨとは若干異なっていて、著者の好みがはっきり反映されており、個々のワインに対するコメントも具体的であ
る。僕の印象には、ゴー・ミヨよりもアイヒェルマンの評価のほうが近いし、そういう点では好みの醸造所やワインを見
つけるのに役立っている。残念ながらホームページはない。そのほかには、ドイツの代表的なワイン雑誌である『アレ
ス・ユーバー・ヴァインAlles ueber Wein』のホームページがある(http://www.alles-ueber-wein.de)。



基本的にワインは人の造るものである。葡萄畑からそのポテンシャルを最大
限に引き出して、いかにワインに生かすかは、いわば造り手の心意気と腕に
かかっていると言っても過言ではない。そうした造り手のワインこそ、多少高い
お金を払ってでも飲む価値があると思うし、それによって造り手の苦労が報わ
れると同時に、飲み手も幸せになれれば、言うことは無いと思う。

僕のホームページもまた、ささやかではあるけれど、ドイツの頑張っている造り
手の情報をお伝えできれば、と願っている。


(2003年3月)





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