モーゼルの北にあるライン河の支流であるアール渓谷は、旧西ドイツ最北のワイン生産地区でありながら、栽培され
ている葡萄のおよそ8割以上が赤ワイン用品種という、特異な地区である。東西に伸びるその範囲はおよそ30kmあ まりと小さいが、アールの中心バート・ノイエンアールは温泉保養地として知られている。ケルン、ボン、コブレンツと いった大都市から車でおよそ30分前後の近郊に位置しており、今も昔も、週末はワインと温泉、あるいは山歩きに訪 れる観光客でおおいに賑わう。しかし、そのワインは近年相当な様変わりを見せている。
その昔−といってもせいぜい10年位前のことだが−この辺りのワインは、観光客目当ての甘口赤ワインが主だった。
そうしたワインは口当たりは良いが、うすっぺらで、それなりにワインを飲みつけている人にとっては、それほど楽しめ るものではなかったという。
しかし1980年代終わりから90年代にかけて、進取の気性に富んだ野心的な造り手達が造った、バリック−フランス
のブルゴーニュやボルドーで伝統的に使われてきた、およそ225リットル入りの樫の小樽−仕立ての濃厚な辛口赤 ワインが注目を集めると、それに追従するようにして本格的な辛口赤を手がける造り手が増えた。
その先駆者が、デルナウにあるマイヤー・ネケル醸造所(www.meyer-naekel.de)である。1982年に高校教師を辞めて
実家の醸造所を継いだ時は、アールの他の多くの醸造所と同じく、うすっぺらでほの甘い赤が主力だった。しかし 1983年にバリックを導入して試行錯誤を重ね、1989年に1987年産シュペートブルグンダーでドイツ産最高の赤ワイン (Deutscher Rotweinpreis)という賞を獲得、ワイン業界の注目を集めた。
彼の成功に刺激されてバリック仕立ての赤を造り始めたのが、マイショースのドイッツァーホフ醸造所(www.weingut-
deutzerhof.de)、アールヴァイラーのJ.J. アデノイアー醸造所、デルナウのクロイツベルク醸造所(www.weingut- kreuzberg.de)、ハイマースハイムのネレス醸造所(www.weingut-nelles.de)、マリエンタール国営醸造所、そして今回 訪問したレッヒのジャン・ストッデン醸造所などである。きょうびアールで成功している醸造所で、バリック仕立の辛口 赤を造っていない醸造所は無いと言ってもいいだろう。バリックは、この地区のいわば成功の鍵なのである。しかし当 然ながら、同じバリック仕立の赤といっても、その出来栄えには醸造所の腕によって多かれ少なかれ差があるし、モ ーゼル同様シーファーの多い畑の土壌のクセもあり、素直に美味しいといえるかどうか、好みにもよるが難しいものが ある。
さて、今回訪れたジャン・ストッデン醸造所のあるレッヒ村は、アールの中ほどに位置している。ゆったりと流れるライ
ン河沿いに走る列車をレーマーゲンで乗り換え、まもなくアール渓谷に入ると風景はひなびた田舎の温泉郷。のどか な田園風景、段々畑に仕立てられた葡萄畑に張り出した岸壁、自然そのままといった趣のアールの渓流には、心が 休まる。
この醸造所のワインは昨年以来何度か試飲しているが、タンニンだけでなく、シュペートブルグンダーのフルーツの凝
縮感はアールのどの醸造所にも無いものだ。シーファーのミネラルが赤いフルーツに一層ピンと張り詰めたような、純 粋で力強い印象を与えている。それとがっぷり四つに組んだような按配の、がっしりした堅いタンニン。バリックはアリ エ産の樫で、内部をミディアムローストしたものを使っているが、バリックのニュアンスは目立たない。渋みが苦手な 人は、やや受け入れがたいワインかもしれないが、若いボルドーを飲みなれていれば、なんだ、普通じゃないか、と 思われるかもしれない。
しかかからないからね。暇をみつけては車を飛ばして、葡萄の仕立て方を観察しに行ったんだ。」と、ストッデン氏。ブ ルゴーニュの中でもメオ・カミュゼやアンリ・ジャイエのワインに感銘を受けたが、醸造所を訪問しても、醸造方法の要 については、聞いても当然ながら教えてくれなかったそうだ。だけど、葡萄の仕立て方は誰でも見ることが出来た。そ こから、出来るだけのことを吸収し、自分のワイン造りに生かしたのだそうだ。
6.5haの畑から約45,000本を生産。平均収穫量は47hl/ha。ワインのおよそ半分は大樽で、残りはバリックで熟成さ
れるが、後者はドイツの造り手の中ではかなり長い方に属する、15ヶ月前後の時間をかける。そうしてバリックで仕 立てられたワインの一部は、ノンフィルターで瓶詰めされる。通常ワインは瓶内二次発酵を防ぐため、フィルターでろ 過するが、その際若干の影響を受け、樽の中ではあったニュアンスの一部が失われてしまう。ノンフィルターはその 損失を避けることができるが、二次発酵のリスクが高まってしまう。それを防ぐため、澱引きを少なくとも5回行ったう えで瓶詰めされる。
この醸造所のワインは、生産年の特徴と、テロワールを明確に表現している。凝縮したフルーツとがっしりしたタンニ
ンの、パワフルな個性には好みが分かれるところかもしれないが、アールの中で最も印象的な、異彩を放つ造り手で あると思う。
試飲メモ
2002 "Fierovend" Ahr Rotwein
淡いルビーレッド。香りにしなやかな赤いフルーツ、わずかに黒土のヒント。しっかりしたフルーツ感に、堅くうすい、ケ
ブラー繊維のようなタンニン。ラズベリーのヒント、全体にやや軽め。☆☆☆
2002 Jean Stodden Spaetburgunder
やや淡いルビーレッド、長いレッグ。しなやかでエレガントな香り、えんぴつの芯、木苺のヒント。メロウなフルーツ感、
木苺のヒント、しっかりしたタンニン。☆☆☆+
2002 Recher Herrenberg Spaetburgunder
クリアなルビーレッド。香りは閉じて、ほんのりと木苺。丸いタンニン、しっかりして中身の詰まったフルーツ感、赤い
ベリーにバニラのヒント。長いアフタ。☆☆☆
2000 "Mandarin" Spaetburgunder
やや淡い、黒味を帯びたルビーレッド。クリアで明確に香りたつアロマ、甘く熟したラズベリーのヒント。たっぷりしてク
リア、ぴんと張り詰めた赤いベリーのフルーツ、長いアフタにタンニンがっちり。☆☆☆+
バリック仕立:"JS"シリーズ
やや淡いガーネット。香りはクリアで閉じ気味、赤いベリーにカマンベールの白黴のヒント。やや軽めだがしっかりとし
たフルーツ、力強いタンニン、グリセリンの甘み、アプリコットのヒント。☆☆☆
2001 Recher Herrenberg Spaetburgunder JS
黒味を帯びた深いガーネット。香りはヴァニラ、消し炭、ブラックカラント、バタートースト。辛口なのに甘みを感じるしっ
とりとしたフルーツ感、ヴァニラ、濃厚、ブラックカラントのヒント。完熟して凝縮した収穫を用いたことが伝わる、素晴ら しい赤。☆☆☆☆
2001 Ahrweiler Rosenthal Spaetburgunder JS
黒味を帯びたガーネット。クリア、エレガントに立ち上る甘い香り、ラズベリーのヒント、軽くヴァニラ。きっちりと詰まっ
たタンニン、ラズベリー、アプリコットのヒント、アフタのタンニンはこってり、たっぷり、やや多すぎる感あり。飲み頃ま であと3年から5年か。☆☆☆+
・樽試飲
ガーネット。閉じぎみだが冷たく深い香り。濃厚なボリューム感のあるフルーツ、カカオ、ブラックカラントのヒント。力強
い。☆☆☆☆
2002 Recher Herrenberg Fruehburgunder JS
ガーネット。濃厚、やや閉じ気味だがしっかりした香り。ひたすら濃厚でジャミー、スケールの大きなフルーツ感、ラズ
ベリージャム、しっかりしたタンニンにカカオのヒント。☆☆☆+
2002 Recher Herrenberg Spaetburgunder JS Lange Goldkapsel
ガーネット。複雑な、ラズベリーのヒント、古びたタペストリーを思わせる典雅な香り。非常に濃厚、たっぷりとして中
身の詰まった、タンニンとフルーツががっちりと組み合わさった、筋肉質な、長熟型の赤。☆☆☆+
2002 Spaetburgunder "Reserve" JS
ガーネット。緻密で深みのあるフルーツ香、ラズベリーのヒント。勢いのあるフルーツ感、タンニンもしっかり。パワフル
でアフタも非常に長い。☆☆☆+
2002 Recher Herrenberg Spaetburgunder JS Auslese "Alte Reben"
ガーネット。くっきりとして印象的な、明確に自己主張しているボリューム感のある香りに、ラズベリーとヨードのヒン
ト。味も非常にくっきり、口の中で香りたつフルーツ、ラズベリー、アプリコット。濃厚でパワフルで大きなスケール。☆ ☆☆☆
2002 Recher Herrenberg Spaetburgunder JS Auslese***
綺麗なガーネット。冷たく気品に満ちた、輪郭のくっきりとした香り、ラズベリー、ヨードのヒント。味はやや閉じ気味、
エレガントな気品のあるフルーツ感、長い長いアフタに凝縮した、煮込んだラズベリーの甘み。☆☆☆+
(以上の他、甘口・中甘口の赤、ロゼ、リースリングとブルグンダー系の白もリリースしています。リリースしている全
てのワインは、醸造所の下記HPのワインリストをご参照願います。)
(2003年9月)
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