ファルツというと、僕の中には春のイメージがある。
ゆるやかにうねるようにして広がる見渡す限りの葡萄畑の中を、一本の街道が走っている。そ
の道沿いに連なるアーモンドの並木に、まるで桜か桃の様な白い花が咲いて、穏やかな陽光
に輝いている。

「このあたりの春は、本当に綺麗ですよ。」
車を運転しているT氏が言った。「一番いいのは、長
い冬がようやく終わり、アーモンドが満開になる3月
末ころですね。是非もう一度、その頃来てみて下さ
い。」
僕たちが今回訪れたのは10月上旬。木々も少しず
つ紅葉を始めてはいるが、まだ緑を帯びている。今
年はほとんど異常気象に近い猛暑で葡萄の生長も
早く、例年より2週間前後収穫時期が早まったため、
丁度収穫時期の真っ最中だった。

(ファルツの葡萄畑とアーモンドの木。これが春には満開の白い
花を咲かせる。)

僕たち一行が最初に目指したのは、ミュラー・カトワール醸造所だ。
ここはファルツで最も定評のある醸造所だが、VDPに加盟していない。VDP加盟の醸造所な
らば、毎年各生産地域や全国規模での試飲会があり、そこで世間の評判を自分の感覚で確
かめてみることが出来る。また、それ以外のファルツでの試飲会には、予算と時間と体力の関
係上、モーゼルに住んでいる僕には参加する余裕がなかった。そんなわけで、今回の訪問が
僕のミュラー・カトワール初体験である。



この醸造所のワインはどのワインガイドを読んでも、すこぶる評価が高い。
ゴー・ミヨのドイツワインガイドでは満点の5つ星、アイヒェルマンでは満点にあと一歩の4つ星
である。その評価を築き上げてきたのは、葡萄栽培・醸造責任者だったハンス=ギュンター・
シュヴァルツ氏によるところが大きいという。だった、と過去形で語るのは、2001年産を最後に
惜しまれつつ引退したからだ。

「ワインの品質は葡萄で決まる。果汁を樽に入れてしまったら、その後造り手に出来る一番い
いことは、何もしないことだ。」というのが彼の信念である。葡萄に付着している自然酵母だけ
を用いて、減酸は行わず、澱引きも1回にとどめ、清澄剤は用いず、ブレンドもしない。澱引き
の後は瓶詰めまで、出来る限りワインをそっとしておく。

醸造では「何もしない」ことを第一にするが、その代わり畑では最上の収穫を得る為に徹底的
に仕事をする。有機肥料、畝の間の緑化、緻密な整枝作業、念入りな土壌の耕運に厳しく切り
詰めた剪定による収穫の削減、手作業による収穫の際の痛んだ粒の念入りな除去。例えば
1995年秋、雨にたたられたファルツでは葡萄の腐敗が広がった。ムスカテラーの畑でシュヴァ
ルツ氏のチームは3回、傷んだ房を極力取り除く作業を行ったが、その後さて、収穫しようとし
たところ、最終的に使い物になる房は一つとして残っていなかったという。その結果についてオ
ーナーのカトワール氏は、「そうなる他なかったなら、そうなるより仕方なかったんだろう。」と、
シュヴァルツ氏の行った判断に全幅の信頼をこめて語ったそうだ。経営上の利益よりも、ワイ
ンの品質とそれによせられた顧客の信用を重んじる姿勢が見て取れる。シュヴァルツ氏はま
た、多くの若手醸造家を育てたことでも知られている。

しかし、その御大シュヴァルツ氏が引退し、彼の下で仕事をしていたチームの何人かもまた、
彼の後を追うようにして醸造所を去った。アイヒェルマンのワインガイドでは、それをシェフが去
った一流レストランに例えている。レストランならばそうした事態で星を失うのは半ば必然的だ
ろうが、醸造所の場合はどうだろうか。それは2002年産から栽培・醸造に責任を負う、モーゼ
ル出身で、これまでナーエのシュロスグート・ディール醸造所と、バーデンのネーゲルフェルスト
醸造所で活躍してきた、34歳の若手醸造家マーティン・フランツェン氏の手腕にかかってい
る。



僕達一行はノイシュタット・アン・デア・ヴァインシ
ュトラーセの北の外れにある、ハールト村へ向か
った。なだらかな葡萄畑を西にそれると山がちな
地形になっているのは、どこかしらアルザスを思
い出させる。小高い丘の上に古城が聳え、その
麓に寄り添っているこじんまりとした集落に入る
と、道の両側から石塀と農家の外壁が迫り、曲
がりくねって見通しが悪い。その一角、大きな石
造りの門構えの建物が、ミュラー・カトワール醸
造所だった。
敷地の中には18世紀の趣が色濃く漂っている。濃緑の蔦がからまる門をくぐり、外界から隔離された落ち着いた雰囲気の中庭に入る。その片隅にアール・デコを思わせる緑の扉があり、そこが試飲を目的に訪れる人の入り口となっている。来意を告げ建物の中に通されると、100年以上タイムスリップしたような錯覚に陥る。試飲室の片隅には細長い筒のようなものが入った箱がぎっしり詰まった棚があり、よく見ると『Beethoven Symphonie Nr. 5』と書かれたものもあった。どうやら、ドラム式の録音媒体らしかった。窓際にはハープシコードがあり、その脇の壁には肖像画がかかっている。細長いテーブルの一角には先客の英語を話す男とドイツ語を話す女性が二人、小声で話しながら試飲していた。

赤いジャケットを着た年配の女性に希望のワインを告げると、彼女は他の部屋からボトルを持
ってきて、2つ並んだ試飲用の小さなグラスにそれぞれ一種類づつ注いで周り、再びどこへとも
なく消えていった。



試飲したワイン

1. 2002er Mussbacher Eselhaut Riesling Kabinett trocken
初めて口にしたミュラーカトワールのワインは、思いのほかミネラルがしっかりして
いた。柑橘の上品なフルーツ感で、ミネラルのアフタが長く残る。バランス良く、品
格を感じる。
2. 2002er Haardter Buergergarten Riesling Kabinett trocken
やや軽めでエレガント。ミネラルのアクセントが1.よりもくっきりと効いていて、凛と
背筋を伸ばしたような辛口。
3. 2002er Haardter Buergergarten Riesling Spaetlese trocken
アロマに石油系のミネラルのヒント、どこかしらナッツに似た香ばしいヒントも。土壌
の個性がよく出ている。
4. 2001er Haardter Buergergarten Riesling Spaetlese trocken
3.は新任のフランツェン氏指揮のもとに造られたワインだが、これは御大シュヴァル
ツ氏が手がけたワイン。そう知って試飲したせいかどうか、フルーツのボリューム感
を伴う調和と奥行きに、しっとりした雰囲気が漂っているような気がして、魅力的に
感じた。あるいは、生産年と熟成による影響の差なのかもしれない。
5. 2002er Haardter Herrenletten Riesling Spaetlese trocken
柑橘のアロマにミネラルがしっかり効いていて、やや固め。
6. 2002er Gimmeldinger Mandelgarten Riesling Spaetlese trocken
しなやかな柑橘のフルーツ感が魅力的。粘土質土壌に由来するボリューム感。
7. 2002er Haardter Herrenletten Riesling Spaetlese halbtrocken
ボディに重めのボリューム感があり、ミネラルもしっかり効いている。かなり遅めに収穫したのか、完熟した柑橘、酸
はやや低め。なめらか、バランスよく魅力的。柑橘とミネラルの長いアフタ。
8. 2002er Haardter Buergergarten Muskateller trocken
石油系のミネラルのアロマに、品種に由来するフォクシーフレーバー。やや軽め。順番の為か?
9. 2002er Gimmerldinger Meerspinne Rieslaner Spaetlese
小さくまとまりながらも凝縮したフルーツ感に、アプリコットや南国系の果実のヒント。
10. 2002er Haardter Buergergarten Riesling Spaetlese
調和のとれた甘口で、重くなめらかな口当たり。グレープフルーツ、黄色いリンゴのヒント。
11. 2001er Haardter Buergergarten Riesling Spaetlese
ミネラルのアクセントがくっきりとして、シャープな広がりのあるフルーツ感、アフタにミネラルとグレープフルーツの甘
皮の苦み。



3.と4.そして10.と11.で、2001年産と2002年産の同じ畑、同じ肩書きのワインを比較することが
出来たが、その差はまさに造り手の「指先の感触 Fingerspitzengefuehl」による差程度だと思
う。その差が決定的なものであるかどうかの評価は、今回初めてこの醸造所のワインを試飲し
た僕には出来ない。

訪問した時に購入した2002年産ハールター・ヘレンレッテンのリースリング・シュペートレーゼ・
ハルプトロッケンを、この報告を書きながら飲んでいる。開けたばかりの時はグラスの内側に
微小な泡が沢山付着して、舌触りも堅く、ミネラルの印象の強い、ややそっけないワインだっ
た。しかし翌日になると、その印象は一変した。ふくよかで柔らかいフルーツは非常にアロマテ
ィクで、たっぷりとして心地よい。ほどよいミネラルと控えめの酸味が立体感を与えており、飲
み応え充分な、素直に美味しいワインだった。

僕の意見では、醸造責任者が変わったとしても、ここのワインは非常に良いワインだと思う。ま
もなく出版されるゴー・ミヨとアイヒェルマンの2004年度版のワインガイドの評価はともかく、個
人的には四つ星から五つ星である。


Weingut Mueller-Catoir
Mandelring 25 
67433 Haardt/Neustadt an der Weinstrasse
Germany
Tel. +49 (0) 6321 2815
Fax. +49 (0) 6321 480014
Email: weingut@mueller-catoir.de
試飲直売時間:月−金 8:00-12:00, 13:00-17:00 予約不要(12/24
-1/2は休業)



(2003年10月)





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