ミュラー・カトワール醸造所を後にした僕達一行は、
北隣のギンメルディンゲン村のA.クリストマン醸造
所へ車を走らせた。ファルツのワイン村を南北につ
なぐドイッチェ・ヴァインシュトラーセに沿って、アー
モンド並木が続いている。空を覆っていた雲もいつ
の間にかどこかへ消えて青空が広がり、葡萄たち
はその成熟の最後の仕上げをしていた。



ギンメルディンゲン村に入ると、ここも先刻のハールト村と同様にこじんまりとした集落で、落ち着いた趣がある。狭く曲がりくねっているため、一方通行に指定されている道を大回りして醸造所にたどり着いた。1575年に建てられたという農家造りの建物には、通りに面して大きな蜘蛛を形取った看板が下がっている。それは「メアシュピネ」Meerspinne(直訳すれば「海蜘蛛」になるが、そんな蜘蛛が本当にいるのかどうかは知らない)という、この村一帯の葡萄畑を包括する集合畑名からとった、醸造所直営の地階にある居酒屋(メアシュピンケラー)の看板である。
それにしても、看板に蜘蛛を使うとは、いささか気色が悪い。そもそも
なぜ葡萄畑に蜘蛛などという名前をつけたのか、先代のオーナーで
あるカール=フリードリヒ・クリストマン氏に聞いてようやく腑に落ち
た。
「メアシュピネのメアは、海ではなくて『もっと、より多くの』という意味
のメア(Mehr)で、シュピネも本来は『仕事に励む、手綱をひきしめる』
という意味のシュパネン(spannen)から来ているんだよ。つまり、もっと
一生懸命働く、ということだね。」
なるほど、である。蜘蛛の看板には刻苦精励の精神が反映されてい
た訳だ。

(先代オーナーのカール=フリードリヒ・クリストマン氏。)

ものの本によると、その語源にはもう一つ説がある。「メアシュ」(mers, mersch)という、湿地を
意味する古語に、囲まれた畑を意味する「ビン」(binn)もしくは「ベン」(benn)がつながって、「メア
シュピン」(merspin)という名前が成立したというというものだ。この一帯は地下水脈が多く、暑
い夏でも葡萄は乾燥ストレスの被害が少ないという。そこから推測すると、湿って重い土壌を
耕すのに要した、やはり多大の労力がその名前の由来だったと言えそうだ。



『さらなる勤勉』というその屋号も伊達ではない。僕達一行が醸造所に着いたとき、カール・フリ
ードリヒ氏の奥さんギーゼラさんが応対に出てくれたが、今は皆畑で収穫作業をしていて人手
がないし、本来事前に予約が必要なのだという。ここで断られても文句は言えないのだが、彼
女はそうすることをせず、収穫作業をしているスタッフに電話で連絡をとってくれた。「ねぇ、誰
か一人こっちによこしてくれる?お客さんなのよ。」その結果、一時間後に畑から戻ってきたカ
ール・フリードリヒ氏が、僕たちの相手をしてくれた。もっとも、僕たちだけの為に戻ってきたとい
う訳ではなく、その時間にあらかじめ他のお客さんの予約が入っていたという都合もあったよう
だ。それでも、突然の訪問者に前向きな姿勢は、「メアシュピネ」精神の現れのように思われ
る。



醸造所の2階にあるこじんまりとした試飲室の天井には、16世紀に建築された屋敷にふさわし
く太い梁が一本通っている一方で、内装は最近改装されたらしく、シンプルで現代的な印象を
受ける。全部で11種類試飲したが、いずれの品種・肩書きもフルーツがしっかりとして、クリー
ンかつバランスがいい。リースリングでは畑の個性もはっきりとワインに出ている。

「どうしてこんなに美味しいんですか?」と率直にカール=フリードリヒ氏に聞いてみた。彼は少
し逡巡したあと、いい葡萄を使っているからね、と答えた。収量を抑えて、セレクションを厳しく
行い、傷んだ粒は徹底的に取り除く。非常に手間のかかる作業だが、それをやらなくてはなら
ないんだ、と言う。リースリングは低圧でゆっくり絞り、モストの清澄は不純物の自然な沈殿に
よって行い、ステンレスタンクで低温でゆっくりと発酵・熟成させ、澱引きは一回のみ。余計な操
作や清澄作業は行わない。シュペートブルグンダーはバリックで寝かせ、瓶詰め時のフィルタ
ーも極力軽くする。



「90年代に爆発的に品質が向上した」−ゴー・ミヨのドイツワインガイドは、この醸造所のワイン
をそう評価している。90年代前半までは年によって品質にばらつきが見られたそうだが、1996
年にカール=フリードリヒ氏の息子で優秀な弁護士だったという、当時30歳そこそこだったシュ
テッフェン氏が7代目として経営を引き継いだ。その年、ファルツを代表する醸造所であるビュ
ルクリン・ヴォルフ醸造所、ケーラー・ループレヒト醸造所、ゲオルグ・モスバッハー醸造所と共
同で畑の格付けを提唱、品揃えのコンセプトを明確化した。以来、年を追うごとに評判が高ま
っている。今回僕たちが訪問した時も、9月にリリースされたばかりの『グローセス・ゲヴェクス』
−ブルゴーニュの『グラン・クリュ』に倣った畑の格付け−は5品目全て売り切れ。『SC』の名で
リリースされる、収穫時のセレクションを一層厳しく行ったキュベも5品目中ヴァイスブルグンダ
ーとシャルドネは売り切れと、ワインリストの約3分の1が完売御礼。この夏には直営居酒屋
も、自前のワインだけでなく、ドイツ各地や世界のワインを提供するシックなワインバーに模様
替えした。ワインも経営もまさに絶好調といった趣である。



試飲したワインは、以下の通り。辛口リースリングはブルゴーニュに倣って村名、プルミエ・クリ
ュ、グラン・クリュに格付けしてリリースされている。

・Gutsweine(ハウスワイン:平均収穫量71hl/ha)
2002 Spaetburgunder QbA trocken
綺麗なピノ香、バランスのいい、赤い果実のヒント、やや軽め。
2002 Saint Laurent QbA trocken
滑らかで濃厚、たっぷりした赤い果実に少し土の香り、素直で美味しい。

・Gutsweine "SC" ("Selection Christmann":平均収穫量50hl/ha以下)
2002 Grauburgunder "SC" Spaetlese trocken
しなやか、かつ滑らか。クリーミーでたっぷり、アフタにミネラルが舌の上で溶けていく。
2002 Gewuerztraminer "SC" Spaetlese trocken
クリーンなゲヴルツ香、スパイシーで滑らか、しっかりしたミネラルのヒント。
2000 Cuvee "SC" Caberbet Sauvignon und St. Laurent QbA trocken
青臭いピーマンのヒントが、いかにもカベルネ。サンローランが濃厚さを与えている。カベルネ80%、樹齢約15年。

・Ortsweine (村名ワイン:平均収穫量64hl/ha)
2002 Koenigsbach Riesling Kabinett trocken
しっかりした柑橘のフルーツ感、やや重い。ほのかにナッツ。
2002 Gimmeldingen Riesling Kabinett trocken
なめらかな舌触り、しっかりしたミネラル、完熟した柑橘のフルーツ。
2002 Ruppertsberg Riesling Kabinett trocken
やや控えめながら複雑なフルーツ感、おちついた酸味。

・Klassifizierte Lagenweine (格付畑からのワイン、プルミエ・クリュ:平均収穫量45hl/ha)
2002 Ruppertsberger Linsenbusch Riesling Kabinett trocken
綺麗なアロマ、完熟したグレープフルーツ、パイナップルのヒント。滑らかな舌触り、ほんのりナッツ。
2002 Gimmeldinger Biengarten Riesling Spaetlese trocken
クリアで広がりのある柑橘のフルーツにヨーグルトのヒント、しなやかな酸味、繊細。
2002 Koennigsbacher Oelberg Riesling Spaetlese trocken
繊細で広がりのある、調和のとれた美しい、気品ある辛口。

・Grosses Gewaechs (グラン・クリュ:平均収穫量34hl/ha)
上で述べた通り、売り切れで試飲できず。残念。



いずれも畑・品種の個性がよく出た素晴らしいワインで、醸造に責任を負うマーティン・エラー
氏の貢献も少なくないに違いない。例によって、この報告を書きながら、その時購入したプルミ
エ・クリュ、2002 Ruppertsberger Linsenbusch Riesling Kabinett trockenを飲んでいる。しっかり
とした堅めのフルーツにパイナップルや完熟したグレープフルーツのヒント、ミネラルと酸味の
アクセントが端正な印象を与えている。健全な葡萄からステンレスタンクで綺麗に仕上げた成
果が素直に出ていると思う。



聞けば、このギンメルディンゲン村はプロテスタントの信者が多いという。メアシュピネ−さらな
る勤勉−という総合畑の名前と、それにより収益をあげることを神の御心にかなうこととするプ
ロテスタンティズムの精神は、その畑名をあえてシンボルとするこの醸造所の成功と、どこかで
結びついているような気がする。ワインもまた完成度が高く、バランスが良く、しっかりと綺麗に
まとまっていて素晴らしいが、なんとなく生真面目で、設計図に基づいて緻密に、理論通り造り
上げたような印象がある。(もっとも、そんなことを思うのは僕ぐらいなものかもしれないが。)
いずれにしても、説得力のある素晴らしい辛口の造り手である。

Weingut A. Christmann
Peter-Koch-Strasse 43
67435 Gimmeldingen/Pfalz
Tel. +49 (0)6321 66039
Fax. +49 (0)6321 68762
Email: weingut.christmann@t-online.de
試飲直売時間:月〜金 9:00-12:00, 14:00-17:00  
土 9:00-12:00(要予約)

(2003年10月)





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