ファルツの景色はブルゴーニュとアルザスに似ていると思う。いずれの生産地帯も、森林の広がる丘陵と河に挟まれた、南北に細長くのびる一帯に葡萄畑が広がっている。丘陵の傾斜がより効率的な太陽エネルギーの利用を可能にするとともに、背後の森林が寒風を遮りつつ土壌の保水を確保するので、葡萄の生育には恵まれた環境となる。


(ファルツの葡萄畑をワイン街道から森林に向かって撮ったところ。)

しかしアルザスのグラン・クリュが丘陵の斜面に
広がっているのに対して、ブルゴーニュやファル
ツの特級畑『グローセス・ゲヴェクス』−VDP醸
造所連盟が主導している葡萄畑の格付けで、グ
ラン・クリュに相当する−は、森林間近の急な斜
面よりも、ワイン街道と集落の周辺にある、ごく
なだらかな傾斜の平地に大抵位置している。

(ブルゴーニュのシャンベルタン・クロ・ド・ベーズの畑をワイ
ン街道から森林に向かって撮ったところ。撮影2000年夏)

ファルツとブルゴーニュやアルザスの最も大きな違いは、その村々の知名度かもしれない。
ブルゴーニュのワイン街道を通る者なら誰もが、村を通り過ぎる度に、著名な名前を記した道
路標識の前で思わず記念撮影を試み、アルザスのワイン街道ならば第二次大戦の爆撃を免
れた美しい村の景色に賛嘆の声をあげるだろうが、ファルツのフォルスト村を通りかかったな
ら、きっと何もしないに違いない。それはごくありふれた、ファルツならどこにでもある田舎の村
である。



しかしそのありふれた村の一角にあるゲオルグ・モスバッハー醸造所のワインは、決してあり
ふれたワインではない。今年の5月、VDPファルツの主催する試飲会で、この醸造所のリース
リングを試飲したとき、それまでファルツと言えばクニプサー醸造所やクリストマン醸造所、レ
ープホルツ醸造所のブルグンダー系ワインに好印象を持っていたのだけれど、モスバッハー
醸造所のリースリングは、その印象を良い意味で覆すものだった。畑の個性を明確に表現して
いて、奥行きのある複雑な果実味にニュアンスに富んだミネラル、十分な酸味が示すファルツ
産リースリングの底力に、素直に感動した。

ファルツの良いところは、こうしたトップクラスの醸造所であっても、大抵は予約なしで試飲に訪
れることが出来ることだ。土曜日の午前、僕たちが訪れた時も入れ替わり立ち替わり訪問客
が、試飲してはワインを買って行っていた。10人前後座れる大きなテーブルと、4人くらい座れ
る小さなテーブルの2つとカウンターだけの、こじんまりとした居酒屋の様な試飲室の壁を埋め
尽くすようにして、品評会の受賞を示す賞状が飾られている。

接客に当たっていたのは1965年以来というから、かれこれ40
年近く醸造所の責任者として今も現役で活躍しているリヒャル
ト・モスバッハーさんと、その奥さん、そして時々娘さんのザビ
ーネさん。彼らが入れ替わり立ち替わりしてこまごまとお客さ
んの世話をやく様は、家族経営の醸造所らしく、ほほえまし
い。ザビーネさんはガイゼンハイムで醸造学を修了後、世界
各国のワインを扱う商社での仕事を経て、1991年から実家の
醸造所経営に参加。彼女のご主人で、ガイゼンハイムで知り
合ったカイザーシュトゥールのワイン農家出身のユルゲン・デ
ュリガー氏もまた、1992年から醸造所の経営に参加している。

(リヒャルト・モスバッハーさんと娘さんのザビーネ・モスバッハー=デュリガー
さん。)



「さて、何を試飲するかね?」
リヒャルト・モスバッハーさんに促されて、僕達はまず、ヴァイスブルグンダーから始めた。

1. 2002 Weissburgunder trocken "sur lie"
ステンレス熟成とバリック熟成が半々。7月まで澱引きをせず、酵母を沈殿させたままにした、ロワール産ワインでよ
く知られるシュール・リーの手法を使ったもの。クリーンだが、抜栓後日が経っているらしく、残念ながら少し気が抜け
ていた。バリックのニュアンスはごくわずか。

2. 2002 Forstre Elster Riesling Kabinett trocken
カビネットだが92エクスレの収穫を用いている。柑橘、アプリコット、やや軽く滑らかなボディ、酸とミネラルが綺麗。

3. 2002 Forster Stift Riesling Spaetlese trocken
しっとりとして重い感じのフルーツ、柑橘、アプリコットのヒント、アフタにたっぷりとミネラル。飲み応えあり。

4. 2002 Deidesheimer Leinhoehle Riesling Spaetlese trocken
3.のフォルスター・シュティフトよりもややほっそりとして繊細、ミント、クリーンなフルーツ、ピリピリするようなフレッシ
ュなミネラル。

5. 2002 Forster Pechstein Riesling Spaetlese trocken
畑名ペッヒシュタインのペッヒは、畑の土壌に含まれる黒い石−アスファルトなどに利用されるピッチ(瀝青)−に由
来。ミネラルの味がとても深く、滑らかなフルーツ感の舌触り。柑橘のヒント。

6. 2002 Kieselberg Grosses Gewaechs Deidesheim
7. 2002 Freundstueck Grosses Gewaechs Forst
8. 2002 Ungeheuer Grosses Gewaechs Forst

VDPファルツが提唱するグラン・クリュ、グローセス・ゲヴェクス。これを名乗るワインは全てリースリングの辛口で、収
穫時の最低糖度が90エクスレだからアウスレーゼ相当まで熟したものを、平均収穫量は48hl/ha以下に絞り、官能
審査に合格することが条件である。それ相応に価格も高く、3.のフォルスター・シュティフトのシュペートレーゼ・辛口
の約2倍もする。その価格差が味の差に見合ったものであるかどうかの判断は難しい。ことに、モスバッハー醸造所
のリースリングはおしなべて品質が高く、あえてグローセス・ゲヴェクスを選ぶまでもない、というのが個人的意見。

まだリリースされたばかりで、いずれも若々しいが、畑の個性はくっきりと表現されている。
キーゼルベルグはミネラルががっしりとした堅いワイン。あと2年くらい待つべき、とはリヒャルトさんの意見。フロイン
ドシュトゥックは重く滑らかで、アフタに完熟したグレープフルーツのアロマが香り立ち、見事に調和のとれた、今飲ん
でも十分楽しめ、素晴らしい。ウンゲホイヤーは最も酸が良く乗っていてアロマティック、アフタにミネラルとフルーツが
舌の上にどっしりと残る、充実した味わい。



余談になるが、『ウンゲホイヤー』という畑名が日本語で「ものすごい、化け物の様な」という意
味になるのは比較的よく知られている。その由来は定かではないが、14世紀の古文書に既に
登場するという。プロイセンの首相ビスマルクがファルツ行幸の際、この畑のワインを飲んで
「このウンゲホイヤーはものすごい(ウンゲホイヤー)味がする」(Dieses Ungeheuer schmeckt 
mir ungeheuer.)と語ったという、有名な逸話がある。ビスマルクの没後35年を経た1933年11月
18日付けの地元紙Pfaelzer Rundschauに引用された結果広まった話らしいから、事実の程は
定かではない。しかし想像するに、恭しく差し出されたワインを口にした時、周囲の耳目は彼に
注がれていたことだろう。ビスマルクとしても、ここで何か一言、気の利いた感想を述べなけれ
ば示しがつかない。
「これは何というワインであるか。」
「は、フォルスト村はウンゲホイヤーと言われている畑のワインでございます。」
「む、なるほど。このウンゲホイヤーは『ウンゲホイヤー』であるな!」
鉄血宰相と恐れられるビスマルクのコテコテの親父ギャグに、周囲の雰囲気はどっと和んだで
ことであろう。



さて、次のワイン。
9. 2002 Scheurebe Spaetlese
クリーンでさっぱりとしたアロマ、カシスのヒント、サラリと流れるような綺麗な甘さ。

10. 2002 Forster Elser Riesling Spaetlese
アプリコット、完熟したイチゴの甘み、やわらかなミネラル。上品な甘口。

11. 2002 Forster Ungeheuer Riesling Trockenbeerenauslese
正真正銘、ウンゲホイヤーな極甘口。褐色、密度の高さと繊細さが併存するアロマ、濃厚な蜂蜜にほんのり貴腐のヒ
ント、ナッツ。非常に長い余韻。190エクスレ、生産量わずか130リットル。「う〜ん」「あぁ」「いいですねぇ」と、賛嘆の
声しきり。



「まだ何か試飲するかね?」とリヒャルトさん。
「いや、このあとでは、もう何を飲んでも意味ないでしょう。」
「それじゃあ、トロッケンベーレンアウスレーゼで舞い上がったところを、これで足を地につけた
らどうかね。」と言って出てきたのが、バリック仕立てのメルロ。この品種はドイツでは珍しい。

12. 2001 Merlot trocken
初収穫で、初めて醸造したもの。新しいバリックの炭の香り、素直な赤いフルーツ、若々しい。収穫量は15hl/ha、生
産量は450リットルだから、丁度バリック2樽。

モスバッハー醸造所はリースリングの生産が8割以上を占めるが、その他にもヴァイスブルグ
ンダー、ショイレーベ、ゲヴルツトラミーナー、シュペートブルグンダー、ドルンフェルダーとこの
メルロの他に、ソーヴィニヨン・ブランも少量ずつ造っている。

赤用品種ならばアールやファルツで成功を収めつつあるフリューブルグンダーやサン・ローラ
ン、国際的に人気の高いカベルネ・ソーヴィニヨンといった選択枝もあったはずだが、なぜあえ
てメルロなのか。主な理由としては、フランスの醸造家のアドバイスと、ポルトギーザーに似た
品種が欲しかったということだけれど、最大の理由はおそらく、他に誰も造っていなかったか
ら、というところではないかと思う。



この醸造所のリースリングは、ファルツで間違いなくトップクラスに入る。好々爺然としたその風貌、語り口からはつかめないが、そのワインから伝わってくるのは、畑のポテンシャルを最大限に引き出した最高のワインを造ろうとする強い意志である。除草剤は使わず、畝は青々とした草で覆われている。厳しく枝を切りつめた上に、夏には果房剪定でさらに収穫量を絞り込む。収穫は手作業、傷んだ粒は徹底的に取り除く。こうして得られた可能な限り最上の収穫を、長年の経験と勘に培われた腕で醸造する。「完璧主義者」と、あるワインジャーナリストはリヒャルトさんを評している。現在は半ば引退したとはいえ、そのノウハウは次世代にしっかりと受け継がれている。
(TBAに感動する我々を前に上機嫌のリヒャルトさん。)

ワインと同様に、モスバッハー醸造所はホームページも素晴らしい。
造り手の横顔、ポリシー、醸造所の歴史から畑の解説に至るまで、美しい写真とともに至れり
尽くせりで綺麗に構成されている。ここにもまた、完璧主義の一端が現れていると言えそうだ。


Weingut Georg Mosbacher
Weinstrasse 27
67147 Forst
Tel. +49 (0)6326 329
Fax. +49 (0)6326 6774
Email: mosbacher@t-online.de
試飲直売:月−金 8:00-12:00, 13:30-18:00 土 9:00-13:00


(2003年10月)





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