ダイデスハイムの町は、ワインの香りに満ちている。
いわゆるファルツの大御所3B−バッサーマン・ヨルダン
醸造所、フォン・ブール、ビュルクリン・ヴォルフのうち、2
つまでがこのダイデスハイムに本拠を構えており、予約
無しでも訪問できる。豪壮な構えの醸造所がいくつも並
ぶ有様を見ると、19世紀以来のワインを通じての富の蓄
積が、この町の有様を決定付けてきたと言っても過言で
はないのではないかと思われる。

(Dr. ダインハート醸造所の外観)

ドイツワイン街道を北上すると、ダイデスハイムを通り過ぎるあたりで街道はほぼ直角にカーブ
を描く。その曲がり角の正面にある、鬱蒼とした緑に覆われた屋敷が、僕達が次に訪れたDr.
ダインハート醸造所である。



Dr.ダインハート醸造所は、ワインとゼクトの大手製造・販売会社の創業者ダインハート家の一
人フリードリヒ・ダインハートが、1848年にアウグステ・ヨーダンとの結婚により手に入れたのが
始まりである。19世紀後半、この醸造所のオーナーであったDr. アンドレアス・ダインハートは
政界で活躍、大いに権勢をふるった。今でも広壮な屋敷の佇まいが、往時の繁栄を偲ばせて
いる。1917年に醸造所はダインハート家の手を離れ、ホッホ家の所有となり現在に至る。ダイ
ンハート本社も1997年にヘンケルコンツェルンの所有となり、モーゼル、ラインガウそしてファ
ルツに所有していた葡萄畑はダインハート一族の一つウェゲラー家のものとなった。かつての
名家ダインハートの名は、この醸造所と量産ゼクトの商標名『ダインハート』−ダイデスハイム
の醸造所とは関係ない−として、その名残をとどめている。

およそ40haに及ぶ広大な葡萄畑−そのうち10haはウェゲラー醸造所の所有だが、畑の管理と
醸造はDr.ダインハート醸造所が行っている−の8割をリースリングが占める。平均収穫量は
61hl/ha(2001年産)に抑え、醸造には伝統的な大樽とステンレスタンクの両方を使っている。
低温でゆっくりと発酵させた後は、沈殿した酵母と出来るだけ長く接触させ、一度フィルターを
かけ、ワイン毎の化学分析結果に応じて必要最低限の安定剤(恐らく二酸化硫黄だろう)を加
え、瓶詰めされる。



1980年代後半から1990年にかけて−1985, 1986, 1988, 1989, 1990−は、この醸造所のワイン
が殊に高く評価されていた時期である。しかし1990年代に入ると、その品質が下がった感が否
めないと聞く。なかでも影響力の大きいゴー・ミヨのドイツワインガイドは、雨がちで腐敗の広が
った2000年産に関しての評価が厳しい。

「そんな本、信用しちゃだめよ。」
醸造所の一角にある、かつて厩舎だった試飲所で訪問客の相手をしていた女性が、僕が眺め
ていた本に気づいて言った。
「ディール醸造所の旦那が書いているけど、嘘ばっかり。ちょっと見てもいい?」
彼女はDr.ダインハート醸造所について書かれている項目−2001年産は往時の栄光を彷彿と
させる出来栄えと高く評価している−をしばらく眺めていた。
「ふ〜ん、少しはマシなことを書くようになってるわ。ディールの娘がウチで研修して行った成果
かしらね。」聞けば、彼女は経営責任者のバウアー氏の娘、アネッテさんであった。

彼女の父、ハインツ・バウアー氏は1975年から醸造所の指揮を執っており、ケラーマイスターのルートヴィヒ・モリトー氏とともにその才能を高く評価されてきた。「オーナーのホッホ氏は、ハインツ・バウアー氏のような暖かく気さくな人柄と、正確に仕事を完遂する能力を持つ人材を見出した幸運を喜んでいることだろう」−ドイツを代表するワインジャーナリストであるシュトゥワート・ピゴットは、彼についてそう評している。

(ハインツ・バウアー氏と娘のアネッテさん)

「君達、ドイツ語が上手いねぇ!」バウアー氏は実際、とても気さくだった。あまりにも気さくで、
人当たりがとてもいいので、てっきり販売のプロに違いないと思ったほどだ。ワインの印象をド
イツ語で伝えると「うん、うん、その通りだよ。すごいねぇ、君達は通だねぇ!」といった按配で、
人を乗せるのが上手い。試飲所には常連さんやら観光客が、午後4時をすぎても入れ替わり
立ち代り訪れては、ワインと会話でアットホームに和んでいた。



さて、試飲したワイン。
1. 2001 Ruppertsberger Riesling Kabinett trocken
落ち着いた柑橘系のフルーツ感。コストパフォーマンスも良い(4.70ユーロ)。
2. 2002 Deidesheimer Paradiesgarten Riesling Kabinett trocken
リンゴ、蜂蜜、洋ナシ、アプリコットのヒント。ワインリストによれば「魚料理から麺料理(中華)におすすめ」。
3. 2002 Deidesheimer Maeushoehle Riesling Kabinett halbtrocken
残念ながら軽いコルク臭。繊細なミネラル感と柑橘のヒント。
4. 2002 Deidesheimer Grainhuebel Riesling Spaetlese trocken
固めのミネラル、多面的なフルーツ、アフタも長め。
5. 2002 Forster Ungeheuer Riesling Spaetlese trocken
アミノ酸系のうまみを感じるミネラルとたっぷりしたフルーツ感。
6. 2001 Spies Ruppertsberg Riesling Spaetlese trocken (Grosses Gewaechse)
調和がとれて中身の詰まった複雑な味わい。
7. 2001 Langenmorgen Deidesheim Riesling Spaetlese trocken (Grosses Gewaechse)
大柄で調和がとれ、たっぷりした柑橘のフルーツ感。
8. 2002 Deidesheimer Herrgottsacker Riesling Spaetlese halbtrocken
フルーティ、綺麗なバランス、うまみのあるミネラル。中華料理に合いそう。
9. 2001 Deidesheimer Kalkofen Riesing Auslese trocken
クリアできりりとした柑橘、ピンと張り詰めた印象、ミネラルのアフタ。
10. 1998 Ruppertsberger Linsenbusch Scheurebe Auslese
とてもアロマティック、カシスのヒント。



最後のワインを飲み干した後、酔いと眠気が襲ってきた。
飲み干した?そう、ファルツの醸造所では殆どのワインを、試飲でよくするように吐き出さず、
飲み干してきたのである。

「ワインを飲みこまずに、どうやって味わうというんだ?」
(Wie kann man den Wein schmecken, wenn man ihn nich schlucken?)
ワインは好きだが、試飲は嫌いだという知人に言われたことがある。
「飲み干した後、喉の奥から立ち上ってくるアロマと暖かさ、それを楽しまずに吐き出すなんて
もったいないよ。」

なるほど、そうかもしれないな、と思った。それに、醸造所一箇所で試飲するのは、グラスに少
量をせいぜい10種類前後。そのくらいなら飲んでも大丈夫だとたかをくくっていたのだが、2日
間4醸造所で40種類以上、前日の醸造所訪問後とその日の昼食にも飲んで、流石に少し飲み
すぎたようだった。



5時過ぎに予約を入れてあった団体客に加えてもらい、試
飲の後はケラーを見学させて頂いた。大樽が並ぶ通路を
過ぎると、肌寒い空間に四角いステンレスタンクが積み上
げてあり、水のたまったガラス管が突き出ている。ゴボリ、
ゴボリと発酵により発生する二酸化炭素の立てる音が、絶
え間なく幾重にも重なり、木霊している。『ケラー・ムジー
ク』−酒蔵の音楽と呼ばれるものだ。
酔いと眠気でふらふらしながら、ケラームジークを聴いていると、次第に意識が遠のいていくような気がした。樽の外にいるのか、それとも樽の中にいるのか、段々判らなくなっていく。目が覚めたら、僕は樽の中のワインになっているかもしれない....。



結局のところワインにはならず、地上へと戻った。
醸造所を後にして、町の背後の高台に広がる葡萄畑を散歩した。夕闇の迫る葡萄畑の上を、
ダイデスハイムの教会の鐘の音が静かに渡っていく。次第に酔いが醒めてくるのを感じなが
ら、やっぱり試飲で飲むのはやめよう、と思った。



Weingut Dr. Deinhard
Weinstrasse 10
67146 Deidesheim
Tel. +49 (0)6326 221
Fax. +49 (0)6326 7920
Email: weingut@dr-deinhard.de
試飲直売:月−金 8:00-17:30 土 9:30-17:00

(醸造所訪問10月ファルツ編 以上)

(2003年10月)





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