ザールのショーデンは、オックフェンとヴィルティンゲンの間にある、無名に近い村である。
ザール川と山の斜面に挟まれるように位置しているが、斜面の大部分は北西を向いている為、葡萄栽培には向いて
いない。しかし村の北外れにある斜面だけが南西を向いており、麓から山頂まで、一面葡萄畑で覆われている。
畑の名前は『ショーデナー・ヘレンベルクSchodener Herrenberg』という。このうちおよそ2haを、ヴァインホフ・ヘレンベルク醸造所が所有している。家族経営の小さな醸造所で、従業員は雇っていない。趣味が昂じて醸造所を始めたという、ご主人のマンフレッド・ロッホ氏が醸造を担当し、経営は奥さんのクラウディアさんが担当している。所有する畑はわずかに2.3ha。普通専業農家として家計を立てるには、最低でも3haの畑が必要だと言われている。だから、マンフレッドさんは公務員−週に2回の勤務ではあるが−としても働いており、いわゆる兼業農家である。


(圧搾機の傍らに立つマンフレッド・ロッホ氏。ザール気鋭の醸造家のひとりだ。)



今年の収穫作業は例年よりも2週間前後早く、10月最初
の金曜日から始まった。僕が訪れたのはその翌週木曜
日。その日、ショーデナー・ヘレンベルクの最も高い所に
ある区画の収穫が行われた。快晴の空の下、ザール川
にそって広がる景色が遠くまで見渡せた。

(畑からの眺め。左手の斜面は全体が影になっていて、
葡萄の栽培には向かないことがわかる。)
収穫作業に携わる9人は全員親戚である。収穫にあわせて2週間前後休暇をとっての参加だ。長期休暇が容易にとれるドイツならではといえる。作業は朝9時から始まり、お昼に1時間の休憩をはさんで、午後5時まで続く。その他、作業に一区切りつくと、ティータイムで15分前後の休憩が入る。収穫中も手を動かしながら近所の噂話や世間話が交わされているが、それでいて作業の能率が落ちているようにも見えず、至って長閑な、ストレスの少ない作業である。しかし、「今日みたいに天気がいいと、そりゃ気分もいいけど、寒かったり雨が降ったりすると、けっこうきつい作業だよ。」と、病院のシステム管理が本業の、マンフレッド氏の弟は言っていた。


収穫された葡萄はまずバケツに入れられ、その後あちこちの根元に置かれている四角いポリ容器に集められる。房
の痛んだ部分はその場で切り落とす。ひと畝の収穫が終わると小型のトレーラーが斜面の下から箱を集め、そのま
ま上の農道まで運び、トラクターに連結された荷台に載せかえる。四角いポリ容器は高さ30cmほどで、重ねても下
の容器に入った房は潰れない。伝統的な収穫作業では、細長い大きな桶を背負った男が畝の間を歩き、収穫者は
バケツにたまった房を男が背負う桶に空け、彼はさらに大きなコンテナに、背をかがめるようにして中身を空ける。背
負った桶の重さは、いっぱいになるとおよそ50kgにもなり、肩に食い込む上に急斜面での作業では足腰への負担も
大きい。また、何度も容器を移し変えるうちに、収穫された房もぶつかったり潰れたりで損傷する。それに対して四角
いポリ容器を利用すると、作業は軽減されると同時に房への損傷も少なくて済む。この方式は最近増えつつあるよう
だ。房が入ったポリ容器がトラクターの近くに集まったところで、お茶の時間となる。9人中6人を占めるおばちゃんた
ちは賑やかで、おしゃべりの話題に事欠かない。

写真右上段:マンフレッドさんの弟さん。
写真左中段:醸造所オーナーのクラウディア・ロッホさ
ん。
写真中中段:収穫チーム勢ぞろい。
写真右中段:収穫を集める小型トラクター。



午前中の作業が終わると、トラクターはおよそ60のポリ容器が積み重ねられ
た荷台を引いて醸造所へ向かった。みんなの昼ごはんを、ロッホ夫妻の母親
が用意している。おばあちゃんのレンズ豆のスープとパン、ソーセージ、それ
にワイン。質素だが、心温まるものがある。その間、収穫の到着を待ってい
たマンフレッドさんは、一人でもくもくと葡萄を圧搾機に投入していた。ポリ容
器を両手で持ち上げては、圧搾機の上に備え付けた手製の破砕機の上でひ
っくりかえし、中身を落とす。破砕機では荒く房がほぐされ、皮がつぶされ
る。全てを投入したあと、2気圧ほどの軽い圧力でおよそ1時間半かけて圧搾
する。収穫に紛れ込んでいたてんとう虫が生き残っていたほど軽い圧力だ
よ、と彼は言う。強い圧力をかければ、早く果汁の圧搾が終了するし、量もと
れる。しかしワインの味にはネガティブな影響を与える。圧搾から発酵にかけ
て、ゆっくりと、必要なだけ時間をかけること。そして経済効率を求めないこと
が、良いワインを造る条件である。
圧搾された果汁はホースを伝って、ケラーの一隅にある四角い大桶へ流れ込む。茶色く濁った果汁は、ここで一晩おかれ、沈殿作業が行われる。圧搾からおよそ6時間後に、水に溶いた適量のベントナイト−紫を帯びた一種の粘土で、分子が大きく過剰なたんぱく質を吸着する性質を持つ−を加える。翌日すっかり透明になった果汁の上澄みを発酵タンクに移したあと、大桶の底に残った沈殿物−およそ50%の果汁を含んでいる−に、繊維質であるセルロースを投入する。それをかきまぜると次第に固まるので、パン生地並みになったところで小型圧搾機に移して、果汁を搾り出し、発酵タンクに加える。この不純物の除去作業でスピードと効率を求めるならば、遠心分離機の利用やフィルターをかける手法も可能であるが、果汁にネガティブな影響を与え、後でワインのアロマやストラクチャに現れる。
この時点では透明な果汁が、3日ほどして自然に発酵が始まると再び濁る。二酸化
炭素の細かな泡が絶え間なく立ち上り、葡萄果汁は次第にワインへと変わってゆく。
数週間から数ヶ月して発酵が終わると、役目を終えた酵母は沈殿し、液体は再び透
明になる。しかしすぐに澱引きはせず、出来るだけ長くワインを酵母の上で寝かせ、
複雑さを与える。試飲して様子を見て、酵母の澱が香味にネガティブな影響を与え始
めそうな気配を感じたら、すぐに澱引きを行う。



(醸造所のケラー。発酵は全てステンレスタンクで行う。)
その日の収穫は果汁糖度94エクスレ、酸度8.5g/Lだった。収穫の際取り分けられた貴腐のついた房は、毎晩粒ごとに選り分けて、トロッケンベーレンアウスレーゼとベーレンアウスレーゼに仕立てられる。収穫後すぐに圧搾せず、およそ1週間前後粒を集めてから圧搾する。その間水分は蒸発するから、より濃厚になるが、量は非常に少ない。2003年産は前者がわずか10リットル、糖度は248エクスレ。後者は158エクスレに達した。

(醸造所のガラス瓶の中で発酵中の果汁。微細な泡が無数に絶え間なく立ち上っていた。)



10月7日に始まった収穫は、10日後の17日に終了した。その間ずっと晴天が続いていた。
100年に幾度もない偉大な収穫年、との呼び声も高いが、「ワインになってみなければなんとも言えないよ。」と、マン
フレッドさんは慎重だ。小さな醸造所だが、ワインの評判は次第に高まりつつある。しかし、専業農家になるかどうか
は、まだ考慮中だという。売れ行きは好調なので畑を買い足したいのだが、条件のいい畑は高価だし、現在の規模
が副業として畑の世話をするには丁度いいそうだ。

帰り際、圧搾したての果汁を一本わけてもらってきた。飲んでみると、かなり濃厚で酸味もしっかりしていた。ワインに
なった時の味への期待が高まったが、流しの下に置いておよそ一ヶ月、発酵もすっかり終わって透明になったので、
試飲してみると猛烈に酸っぱかった。どうやらワインを通り越して、ワインヴィネガーになってしまったらしい。「果汁が
樽に納まったら、あとは何もしないことがいいワインを造る秘訣」とは言うものの、なかなかどうして、難しいものであ
る。

(2003年11月)

Weinhof Herrenberg
Hauptstrasse 80
54441 Schoden
Germany
Tel. (06581) 1258
Fax. 995438
Email: post@naturwein.com

訪問可能時間:予約のみ

この醸造所のこれまでの訪問レポート:2003年2月2003年6月





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