容赦なく照りつける夏の日射しの中で、僕たちはずっとタクシーを待ち続けていた。ゆるいカー
ブを描いた石畳の小路の向こうからそれらしい白いベンツが近づく度にベンチから腰を浮か
し、しかしそれがタクシーでは無いと判るたびに力無く腰をおろした。

「なかなかきませんね.....。」
「確かにガイゼンハイムのラートハウスの前、と伝えたんだけどなぁ。」

強烈な日射しの下でじりじりと肌が焼けていく。
目の前の小さな広場にある、幹の様に太い枝をのたうつように絡ませた、樹齢約600年という
古木が、その樹齢にもかかわらず鬱蒼と葉を茂らせていた。傍らの水飲み場から迸る水の、
石畳に落ちる絶え間ない水音が涼感を添えている。

その古木の木陰と直射日光の照りつけるベンチの上では、感覚的にかなりの温度差があっ
た。日本では日影に行っても熱気を帯びた湿気がまとわりついてくる。しかしここでは湿度が低
いぶん、日光を遮る物陰に入りさえすれば、暑さから或る程度逃れることが出来た。

しばらく涼んでからベンチに戻ると、再び太陽が肌を灼き始めた。正午を過ぎて光と影のコント
ラストは僕たちの周りで益々強くなってゆき、やがて全てが陽炎となって揺らめき出すのではな
いかと思われた。

ガイゼンハイムは駅前に客待ちのタクシーすらいないほどの田舎である。停車する電車は1時
間に上下各一本、僕の他に降りたのはほんの2,3人だった。路線バスすら、電話で指定の停
留所に呼ばない限り来ない。

そうして時間の経過を意識する事に疲れ始めた頃、ゆっくりと現れた一台のタクシーが古木の
下に停まった。中から運転手が笑顔で手招きした。

「やっと来たか....!」

僕たちはほっとして乗り込み、行き先を告げた。
シュロス・フォラーツへ、と。






Schloss Vollrads
www.schlossvollrads.com



青々とした葉の茂る一面の葡萄畑の奥に、古びた洋館が見えて来た。
シュロス・フォラーツだ。
館へと続く一本道は緩やかな上り坂で、左右に緩やかなカーブを描いている。まるでおとぎ話
に出てきそうな風景だった。

シュロス・フォラーツは1000年を越える歴史を持つ。この敷地の一角にあるグラウエス・ハウス
Graues Hausと呼ばれる石造りの建物は、ドイツ最古の石造りの家----恐らくローマ帝国の版
図の外側で---と伝えられている。領主グライフェンクラウ家の家系も1097年に端を発し、彼等
が城でワインを醸造したことを示す記録も1211年に現れる。

僕たちはタクシーを降りて蔦の絡まる城門をくぐり、広々とした中庭へと入り込んだ。その空間
の趣はまさしく領主の館だった。

館をぐるりと取り囲むようにして広がる葡萄畑の収穫は、おそらくこの数百年変わることなくこ
の中庭に運び込まれ、ワインに醸されていたに違いない。もっとも働き手は農奴から小作農
民、出稼ぎ労働者、そして観光客---醸造所の企画(今年は10/30)に応じて、一日DM50を自ら
支払って体験収穫に訪れる---へと移り変わっているのだが。

強烈な日射しを照り返して一面白く輝いて見える中庭の一角に、六角型の小さなスタンドがし
つらえられ、ワインの試飲を行っていた。3月末から10月末までの土日は午前11時から午後6
時まで、ここでワインを楽しむことが出来る(ウィークディは館の一角の直売所が開いている)。
観光客が常に2,3人、入れ替わり立ち替わり訪れては冷えたワインで喉を潤していた。

僕たちもさっそく試飲(といっても一杯DM3からの有料)を始めた。
程良い柑橘の酸味が快適な1998 Vollrads Sommer QbA trocken、上品で落ち着いた甘さが魅
力的な1997 Schloss Vollrads Kabinett、大変バランスが良く骨格のしっかりした1997 Schloss
Vollards Riesling Selection。それぞれ個性的な果実味が、しばし暑さを忘れさせてくれた。



ふと、カウンターの片隅に美しい少女の絵はがきがあるのを見つけた。すこしはにかんだ様子
で両手でワインのグラスをささげ、頭には銀のカチューシャのような冠をつけている。背景はフ
ォラーツの塔と緑につつまれた葡萄畑だった。

「彼女は伯爵の娘さんですか?」僕はカウンター越しにサーブしてくれている女性に話しかけて
みた。
「ナイン(いいえ)、この村のワインクイーンですよ。」彼女は柔らかな物腰で微笑んだ。しばらく
の沈黙の後、僕は思い切って、僭越かもしれないと思いながら、伯爵に対するお悔やみを伝え
た。
「それにしても伯爵はお気の毒でしたね....丁度一昨年の夏、ご自分で命 を絶たれたとか....。
つい先日知って、とても驚きました。」
「ヤー(はい)、私たちも大変驚きました.....」彼女は静かに頷いた。

ご存知の方も多いと思うが、シュロス・フォラーツの当主であったマトゥシュカ・グライフェンクラ
ウ伯爵は1997年の8月19日朝、館を見下ろす葡萄畑の中で拳銃をこめかみにあてて、自らの
命を絶った。享年58歳。重要文化財である館の維持管理に莫大な費用がかかり、負債の額は
一説には2500万マルク(約17億5千万円)に達していたという。死の直前に取引銀行から破産宣
言を迫られ、それが彼を追いつめた。破産すれば資産は競売にかけられ、グライフェンクラウ
家の手を離れてしまう。900年に渡り代々受け継がれてきた遺産を守りきれなかった伯爵の無
念は、察するに余りある。

死の同年に出版された″Grosser Wein vom Rhein---100Jahre VDP Rheingau″(Fachverlag
Fraund, 1997)の中で伯爵は次の様に語っている。

『....仕事は楽しいですが、例えば一族の遺産を維持する事もあり、容易な事ばかりではありま
せん。広大な城は見た目は美しいのですが、色々な意味で大変な負担になっています。とりわ
け(高価な)文化財保護の維持手段については、色々と言いたいことがあります。その他にも
葡萄畑では、自然が時々しかけてくる悪戯に対処しなくてはなりません。

私達は一族の遺産を維持するために、常に闘い続けていなければならないのです。ここで言う
『私達』とは、順調な時も困難な時も頼りにしている、仕事熱心な醸造所のスタッフの事で
す。.......』

そして伯爵が全幅の信頼を置いていたスタッフ達は、その信頼に応えるかの様に、伯爵亡き
後も殆ど全員が醸造所に残り、それまで以上に熱心にワイン造りに励んでいる。

「伯爵が亡くなって、フォラーツのワインは却って美味くなったよ」と口さがないラインガウの造り
手の一人は評していた。財政面でもまた、かつて破産宣言を迫った取引銀行が昨年12月に経
営を引き継いだ。その背景には、銀行の出資者である州政府の強い意向があったと伝えられ
る。


「色々ありましたが、今では御覧の様に大変順調ですのよ。」とスタンドの中の女性は再び微笑
んだ。「それより、もっと色々ワインを試して御覧になりません?お代はけっこうですから」
僕たちが喜んでグラスを差し出したのは言うまでもない。

'98 Schloss Vollrads Riesling Spaetlese trocken
'98 Schloss Vollrads Riesling Spaetlese mild
'97 Schloss Vollrads Riesling Auslese weissgold

どれも素晴らしく柑橘系の果実味が香り高い。聞けば全てステンレスタンクで発酵し、酵母もま
た果汁に合わせて様々なものを試しているという。発酵完了後も木樽に移し替えることはせ
ず、ステンレスタンクで熟成させる。財政難だからと言って設備投資を控えているという事は全
く無い様子だった。逆に、市場の求めるキャラクターを探りつつ、質の高いワインを提供してい
こうとしているように見受けられた。

最後にワインリストを見て驚いたことに、'88,'89,'90といった飲み頃のワインが6本セットでDM60
---つまり一本あたり700円(!)---というオファーがあった。セットの内容は毎週変わり、アウス
レーゼクラス以下の組み合わせだが、それにしてもお買い得と言える。

この熟成したワインのセットの他にも、毎月の様に催し事を開催し、城の施設をパーティや展
示会、結婚披露宴に貸し出す等様々な企画を提案している様子は、一見活気に溢れているよ
うに見える。しかしそれは、あるいはもしかすると、生き残りを賭けた醸造所の必死の闘いなの
かもしれない。

シュロス・フォラーツは間もなく伯爵の2周忌を迎える。
フォラーツのワインは伯爵の志を引き継いだスタッフの、心意気の味がする。そのワインを味
わいながら、命日は静かに冥福を祈ろうと思う。







Kloster Eberbach
www.staatsweingueterhessen.de



エーバーバッハ修道院の一角には、かつて助修士の食堂であったという部屋がある。重々し
い柱から上方へと延びて天井で交差するアーチの他には何の装飾もない、簡素であるが故に
『祈れ、そして働け ora et labora』を標語とした、いかにもシトー派の修道院らしいその一室に
は、全部で9基の重厚な木製の葡萄圧搾機が鎮座している。

1668年製に始まる葡萄圧搾機の、最も新しい、とは言え1801年制作の黒光りして重々しい木
製の葡萄圧搾機の正面に、そのラテン語は記されていた。

             VINU 
      ELETAT ET LAETIFAT
          OR HOM NUM

旧約聖書の詩編第104編15節『ワインは人の心を喜ばせる Vinum laetificet cor hominis』を基
にした文章である。この中のいくつかのローマ数字--- M = 1000, D = 500, C = 100, I = 1 ---
は赤い染料で大きく描かれており、この葡萄圧搾機の製造が1801(MDCCCI)年であったことを
示していた。

しかし何故、聖書の文章にわざわざ手を加えて、圧搾機の上方に誇らしげに記したのだろう
か。もう一度それぞれを比べてみよう。

聖書 :Vinum laetificet cor hominis
圧搾機:Vinum delectat et laetificat cor hominum

まずdelectatという単語が加わっている。意味はlaetificatと殆ど同じで『喜ばせる、楽しませる』
である。

次に動詞であるlaetific"et"がlatific"at"と活用が変わっている。前者は伝聞などを表す時に用
いられる間接話法であるのに対して、圧搾機では断定的な直接話法である。

そして前者のhomin"is"が単数形であるのに対し、後者ではhomin"um"と複数形に書き換えら
れている。

つまり、それぞれを直訳すると以下の様になる。

聖書 :ワインは人の心を楽しませるという
圧搾機:ワインは人々の心を楽しませ、そして喜ばせる

制作年代を聖句に織り込む為に文章を変えたとしても、それとは関わりの無い部分にまで手を
加えたのは、一体何故だろうか。

その理由として、次の3点が挙げられる。

一つには、圧搾機に上記の文章を記すにあたって、圧搾機の通し番号と思われる『9.』の数字
の上下左右に単語を配置するバランスを考慮した。

二つ目には、単語の語尾で韻を踏む為。つまりVinu"m"に対してhominu"m"、delect"at"に対
してlaetific"at"として、語呂あわせをした。

三つ目には、この最後の圧搾機の製作が、修道院閉鎖(1803年)の2年前である事と、関係が
あるかもしれない。

他の8台の圧搾機には、ただ単に圧搾機の通し番号と、制作年代が数字で彫り込まれている
のみである。そして9台目のこの圧搾機にだけ、『ワインは人々の心を楽しませ、そして喜ばせ
る』と、まるで訴えかけるかの様に記されている。

フランス革命以降次々と閉鎖され、世俗化される教会や修道院を目の当たりにしたエーバー
バッハの修道僧達は、それがおそらく最後の葡萄圧搾機の製造となることを、悟っていたのか
もしれない。

確かに修道院は、ワインによって潤沢な収入を得ていた。しかしワインの醸造に携わっていた
僧侶達は、ワインがただ金銭をもたらすものとしてのみ関心が払われることを、決して望まな
かったのではないだろうか。

「我らが去った後も、願わくばせめてこの志だけは引き継がれるよう...」
最後の葡萄圧搾機に記された、意図的に強調された聖句からは、彼等のこの願い、あるいは
祈りが聞こえてくるような気がする。



葡萄圧搾機が並ぶ部屋を出て、修道院の中庭を巡る回廊の一角を入ると、暗闇につつまれた
カビネットケラーに至る。果てしない闇の奥に向かって樽が並び、一つ一つの樽の端に蝋燭が
灯され、さながらワインの地下墓場といった趣がある。

鉄格子に閉ざされた闇の奥に向かって目を凝らしていると、いつしかその中に吸い込まれて行
きそうだ。蝋燭の炎の列の奥を、頭巾を被った修道士が音もなく通り過ぎて行った様に見えた
のは、幻であったに違いない。






Weingut Troitzsch-Pusinelli
mail@troitzsch-pusinelli.de



ワイングート・トロイチは、ミッテルラインに程近いロルヒ村にある。
村の葡萄畑は、ライン河に向かって滑り落ちていきそうな急斜面に広がっており、目指すワイ
ングートはその中腹だ。

予定を一時間半ほど遅れて午後5時半頃についた僕たちは、夕陽と呼ぶにはまだ早い時刻の
太陽が、ライン河のさざ波にキラキラと反射する様を、緑に包まれたワイングートの庭でうっと
りと眺めていた。

夏場の週末の夕方は、この庭はワイン居酒屋になる。庭の見晴らしの良い一角の藤棚の下に
ベンチが並び、地元のお客さんが和気藹々と、ワインと景色と会話を楽しんでいた。

「まあ、これでも飲んでな。」
居酒屋の手伝いに一段落付けたK氏が、いくつかのグラスを持って来た。
彼はこのワイングートで修行しながら、ガイゼンハイム大学に通う日本人だ。骨太で飾り気が
無く、ワイングラスよりも竹刀か日本刀の方が似合いそうな雰囲気の男である。大学卒業後は
情報機器関連の会社に勤めていたが、紆余迂曲説を経てドイツでワインを造っている。

K氏は自分のグラスを持ってくると、僕たちと同じベンチに腰を下ろして片膝をかかえ、おもむ
ろに口を開いた。
「これ、なんだと思う?」
「え、ブラインドですか!」驚いてグラスから顔をあげると、K氏の真っ直ぐな視線が跳ね返って
きた。どうやらブラインドで当ててもらう(あるいは外させる?)のが、彼の楽しみでもあるようだ
った。
「そうだな、当てたら商品はワイン一本ってとこだな。」
「うぅん、リースリングでは無いですね....」と、同行した友人。
「エルプリング....な訳ないですね、ラインガウだし。」と、僕。
そんなブラインドゲームを繰り返しているうちに、時間は瞬く間に過ぎて行った。

いくつか試飲させて頂いた中で最も印象的だったのは、赤ワインだった。
1997 Lorcher Bodental-Steinberg Spaetburgunder
香り、味ともにピノ・ノアールとして全く申し分無い。
クリーンに広がる赤い果実の香りの奥に、海草系の、濃縮感のある香り。
口に含んでも程良い濃さの赤い果実味が、まるく口蓋に馴染んで、実に美味しい。カリフォル
ニアの冷涼な地区で、丁寧に仕立てたピノの様な趣があった。

聞けば「ごく普通に」、特に発酵温度を調整することもなく造ったそうだ。ただし、収穫の時に健
全な房のみを徹底して選別し、発酵の際は丹念にルモンタージュ(果帽を果汁に沈める作業)
を行ったという。
「長い棒で、こうやって」と、かき混ぜる動作をしてみせてくれたときの笑顔が印象的だった。

トロイチは全てのワインが辛口である。甘みを残す為に人為的に発酵を途中で止める事をせ
ず、酵母が自然に活動を停止するまで発酵させる。そして葡萄畑では有機肥料を用い、害虫
や黴を予防する薬剤は出来るだけ濃度を低くして散布の間隔も長く取り、必要最低限しか使
用しない。いわゆるエコワインの造り手である。

しかし難しいのは、エコワインと称していても、美味しいワインは滅多に無い事だ。むしろ素直
な味だな、と感じるワインが多い。恐らく「良いワイン」の価値基準が、エコワインの造り手と、
ある程度嗜好品としてワインを楽しもうとする、僕の様な飲み手の間で異なっているのだろうと
思う。

ドイツの知人の一人に、エコワインびいきの男がいる。彼が言うには、その素直で飾り気の無
い、「自然を感じさせる」味が好きなのだそうだ。僕にはどうもいまひとつ、物足りないのだけれ
ど。勿論トロイチは別である。

ともあれ、K氏はこの秋には、ブルゴーニュに葡萄の収穫と醸造の修行に行くそうだ。そして将
来は、かつて働いたことのあるニュージーランドでワインを造るのだという。

彼ならきっと、一本気な素晴らしいワインを造ることだろう。
『日本のサムライがニュージーランドで造ったワイン』を、世界の人々が賞賛する日も、そう遠
い将来では無い様に思われた。









Weingut Karthaeuserhof
www.karthaeuserhof.com



太い指を広げた手が、獲物を狙う蛇の様に空中をゆっくりと動いた。
次の瞬間、激しくテーブルに叩きつけられた掌の脇から、一匹の蠅が危うく難を逃れ、殺り損
なった男はいまいましげに宙を睨んだ。

男の名はクリストフ・ティレル。モーゼル・ザール・ルーヴァーを代表するワイングートの一つ、カ
ルトホイザーホフ醸造所の所有者である。

アイテルスバッハ村の外れにあるこの醸造所は、かつては修道院であった。1335年に創立さ
れたその修道院は、1811年に世俗化され、クリストフ・ティレルの6世代前の祖先によって買い
取られた。

この長い伝統を有するこの醸造所を、1986年に彼が父親から引き継いだ当時、多額の負債と
設備の老朽化で、かなり深刻な状態だったという。それをこの10余年間に、猛烈なエネルギー
とバイタリティで、葡萄畑の改良と施設の更新を成し遂げ、現在の高い評価を勝ち取ったの
が、この男だ。

「風邪をひいてしまってな。聞き取りにくいかもしれんが、我慢してくれ。」
すこしばかりドスの効いたしゃがれ声には、なかなか迫力があった。父の跡を継ぐ前は弁護士
だったという。そのせいか馬力のありそうな体型をしていながら、土臭い雰囲気は薄い。細か
な文字を読む時にかける老眼鏡が、知的な雰囲気を添える。

以前日本人が彼を訪問した時も、風邪を押して対応してくれたと何処かで読んだ。体調を崩し
がちなのは、この十数年の過労の為だろうか。微熱で少し赤らんだ顔色と潤んだ目で、時折咳
き込みながらも、早々に切り上げたいといった素振りはおくびにも出さない。試飲も予めワイン
リストが用意してあり、一介のアマチュアとしては畏れ多い程の対応をして頂いた。

醸造棟の一角にある試飲室には、マホガニー製らしき凝った装飾の戸棚がしつらえられ、十
人は座れそうな黒光りする大きなテーブルが、部屋のスペースの殆どを占めている。窓の外に
は、この醸造所の単独所有畑である、アイテルスバッヒャー・カルトホイザーホフベルグの斜面
が間近に迫っていた。

試飲させて頂いたのは次のワイン。試飲の順序は辛口、中辛口、甘口の3つのカテゴリーに分
けて、それぞれの中でアルコール度の低いものから高いものへと並べてあった。

トロッケン
1. 1998 Eitelsbacher Karthaeuserhofberg Riesling Kabinett trocken
  残糖:9.0g/l 酸度:8.7g/l Alc.9.69%
2. 1998 同上 Spaetlese trocken
  残糖:7.7g 酸度:7.9g Alc.10.15%
3. 1998 同上 QbA trocken
  残糖:8.4g 酸度:8.1g Alc.11.31%
4. 1997 同上 Auslese trocken
  残糖:8.9g 酸度:7.3g Alc.11.7%
5. 1998 Eitelsbacher Karthaeuserhofberg Weissburgunder QbA trocken
  残糖:7.3g 酸度:6.4g Alc.12.2%

シュペートレーゼの後にQbAが来ているのは、アルコール度がQbAの方が高い為。これはQbA
にシャプタリゼーションした結果だが、この醸造所らしいらしいミネラルの強さが1.のカビネット
では目立つのに対して、3.のQbAは甘み・酸味・ボディとミネラルのバランスが上手にとれてい
る。

4.のアウスレーゼトロッケンは果実味のスケールが大きく、熟した柑橘の香りが漂う逸品。見事
な辛口リースリング。5.のヴァイスブルグンダーは酸味の控えめなワインを求める顧客の要望
に応えて、1993年から醸造して
いる。

ハルプトロッケン
6. 1998 Eitelsbacher Karthaeuserhofberg Riesling Kabinett
  halbtrocken
  残糖:17.3g 酸度:8.3g Alc.9.1%
7. 1998 同上 QbA halbtrocken
  残糖:17.3g 酸度:8.9g Alc.10.81%

カルトホイザーホフではズースレゼルブは一切用いない。発酵を途中で停止させて適度な甘み
残すには、主に圧力タンクを用いている。つまり発酵により生じた二酸化炭素をタンク内から
逃さないことにより、酵母が必要とする酸素の供給を絶ち、発酵を停止させるのである。この
他にもワインに甘みを残すには以下の方法がある、とティレル氏は説明してくれた。

1.自然に発酵が停止して甘みが残る
2.冷却して発酵を停止させる
3.二酸化硫黄を加えるて発酵を停止させる
4.残糖分の多いワインと少ないワインをブレンドしてバランスをとる

以上5つの方法を、適宜組み合わせて用いている。

醸造には90年代以降全てステンレスタンクを用いている。伝統的な木樽を使うのは、積極的な
酸化により酸味をまるくする必要がある場合のみである。求める味に達するまで数ヶ月間木樽
に貯蔵した後、再びステンレスタンクに戻して熟成し、瓶詰めする。

ハルプトロッケンは試飲ではあまり印象に残らなかった。その前のアウスレーゼ・トロッケンの
印象が、大変強かった為かもしれない。

ちなみにEitelsbachという地名は、昔Iselsbachと呼ばれていたそうだ。IselはEisen、つまり鉄の
訛である。この土地の土壌には多量のミネラル、特に鉄分が豊富に含まれていることに由来し
ている。土の色も赤みを帯びた紫---Rosa Violetとティレル氏は呼ぶ---で、酸化した鉄の色で
ある。

甘口
8. 1998 Eitelsbacher Karthaeuserhofberg Riesling Kabinett
  残糖:27.8g 酸度:8.5g Alc.8.08%
9. 1998 同上 QbA
  残糖:31.3g 酸度:8.3g Alc.10.12%
10.1998 同上 Spaetlese
  残糖:40.6g 酸度:8.1g Alc.8.18%
11.1998 同上 Auslese
  残糖:49.4g 酸度:8.8g Alc.8.11%

カルトホイザーホフでは甘口の全生産量に占める割合は約30〜35%、辛口が約55%で残りがハ
ルプトロッケンである。個人的には、やはりこの醸造所のワインは辛口が美味しいと思う。辛口
の方がミネラルの風味が明確で、土地の個性が鮮明に出ているような気がする。

しかし、かつて日本に訪問した時の辛口に対する反応は、いまひとつ冴えなかったという。翌
日訪れたフリッツ・ハーグ醸造所でも、日本に辛口は殆ど輸出しておらず、ほとんどドイツ国内
で消費しているとのことだった。しかしホスピティエン・トリアー醸造所に後日聞いた所では、辛
口の日本向け輸出は、徐々に増える傾向にあるそうだ。

ともあれ試飲を終えた僕たちは、数本のワインを購入した。ところが僕の希望したアウスレー
ゼ・トロッケンが見あたらないという。出来ればまた改めて取りに来て欲しいと、ティレル氏はし
ゃがれ声で申し訳なさそうに言った。

強面でやや無愛想だが誠実。ワインもまた造り手に似るとすれば、さしずめ彼のワインもそう
言えるかもしれない。






Gutsverwaltung Von Schubert Maximin Gruenhaus
www.vonSchubert.com



ルーヴァー川は、山奥を流れる渓流の様に川幅が狭い。
しかしその穏やかな川面は、鏡の様に岸辺の緑陰を映し出す。
目線を上げて彼方を望めば、丘の斜面を葡萄畑が埋め尽くしている。
そして、どこからともなく聞こえてくる、教会の鐘の音。

川から逸れて、葡萄畑に沿った一本の農道に入ると、右手の斜面をずっと奥まで続いている
のが、マキシミン・グリュンホイザーの畑である。2mほどの高さの棒仕立てのリースリングに
は、青く堅そうな房を付けていた。

目指すフォン・シューベルト醸造所は、農道の入り口から歩いて2,3分の所にある。ここのワ
インのエチケットには醸造所の外観が描かれているのだが、実際の景色とはずいぶん雰囲気
が違う。

エチケットでは、目の前にあるのと同じ館が、のどかな田園風景の中に館が佇んでいる。しか
し、それを取り巻く樹木の大きさがまるで違う。厳かな、殆ど御神木と呼んでも良い様な大木が
何本も並び、石造りの門には鬱蒼と蔦が絡んでいる。この落差を造りだしたのは、100年近い
時の流れである。エチケットの上の風景は、90年以上昔の景色なのだ。

その佇まいに圧倒されつつ予約の時間を待って、敷地の一角にあるマリア像をファサードに戴
いた洋館の呼び鈴を押した。しかし、誰も出てこない。何度試みても、館の中にベルの音が虚
ろに響くだけだった。

一体どうしたことだろう。つたないドイツ語でも確かに予約はした筈なのだ。僕たちはうろたえ、
敷地の方々を人影を求めて探し回った。バラの生い茂る裏庭や、長らく使われた様子の無
い、埃をかぶった扉を叩いても、誰も応える者はいなかった。



どうやら予約をすっぽかされてしまったらしい。しばし途方に暮れて、庭の片隅に立ちつくして
いたが、幸運なことに、ケラーで働いている人の一人に偶然出くわしたお陰で、98年産のワイ
ンを一通り試飲する事が出来た。

一見倉庫のような醸造棟の薄暗い地下に並ぶ、無数の木樽の間を進み、突き当たりの角を右
に入って狭い通路を抜けると、細かく仕切られたコンクリートの棚に、無数のボトルが眠る部屋
に出た。肌寒く薄暗いその空間の一角に小さな机があり、その周りで僕たちはひっそりと試飲
した。

メモを取らなかったので大ざっぱな印象しか残っていないが、98年産のトロッケンは、いずれ
も飲むには早い様な気がした。実際、瓶詰めからほんの数ヶ月しか経っていないせいかもしれ
ないけれど、わずかに酵母----白く濁った新酒(フェダーヴァイザー)に似た香味があり、果実
味の印象もやや弱いように思われた。一方、甘口シュペートレーゼは口当たりも丸く、魅力的
だった。

この醸造所は、トロッケンの生産量がその他を7:3位の割合で上回っているそうだ。それは顧
客のニーズに合わせている為であるという。しかし今回試飲した98年産に限って言えば、個人
的には、どうも甘口の方が魅力的なように思われた。

その甘口の中でも、特にインパクトが強かったのは以下の3種類だった。
'98 Abtsberg Auslese Nr.219
'98 Abtsberg Auslese Nr.215
'98 Abtsberg Eiswein
Aus.Nr.219、Nr.215は、どちらも非常にしっかりした骨格と濃縮感を備えた、堂々としたアウスレ
ーゼ。前者は、爽やかなハーブの香味が編み込まれて、今飲んで既に美味しい。後者は、より
どっしりと緻密で堅く、美味しいけれど、手応えが有りすぎてちょっとしんどい。

アイスワインは、今まで飲んだ全ての甘口ワインを超越するほど、強烈な魅力と圧倒的な完成
度だった。同行した友人の言う、Stunningという言葉に同感。お値段も強気の蔵出し価格DM
300だけど、それだけの価値はある、という気がした。重厚で複雑。掛け値なしに素晴らしかっ
た。

その次に、トロッケンベーレンアウスレーゼも試飲させて頂いたが、こちらはちょっと難解という
か、今はまだ、濃縮度の非常に高い甘口ワインでしかない、という感じ。あと数十年待てば、き
っと素晴らしい古酒になるだろうと思う。

98年度の収穫は、9月23日から11月21日まで続けられたそうである。確か去年は10月は
曇りがちで雨が多く、11月に入り若干持ち直し、中旬には氷点下に達する寒波が襲った。

最新のテクノロジーよりも、伝統的な木樽発酵にこだわるこの醸造所では、もしかすると、こう
した天候の変化や葡萄の出来具合が、直接的にワインの味に響いているのかもしれない。

フォン・シューベルト醸造所の評価が高い最大の理由は、やはり素晴らしい葡萄畑にあると訪
れてみて感じた。孤立した渓谷の、南向きの斜面に広がるこの葡萄畑から素晴らしいワインが
出来るのは、もはや神の意志である、とさえ思われた。






Weingut Fritz Haag
www.weingut-fritz-haag.de



8月4日の朝、僕たちはモーゼル河沿いに走るバスで、フリッツ・ハーグ醸造所のある、ブラウ
ネベルク村へ向かった。ここはモーゼルで知らぬ人は無いと言っても良い程の、著名な醸造所
だ。試みにゴー・ミヨの1999年版ドイツワインガイドを開いてみよう。

『....毎年毎年、彼のエレガントなリースリングは、モーゼル、ザール、ルーヴァー、いや全ドイツ
でお目にかかるものの中でも頂点に位置する。

....ヴィルヘルム・ハーグ(現在のオーナー兼ケラーマイスター)について、その他にも感銘を受
けるのは、彼の造る全てのワインのレベルの高さである。つまり、辛口の1リットル瓶入りのリ
ースリングQbAから、繊細なシュペートレーゼ、そして毎年競売にかけられる高貴な甘口に至
るまで。....』

いやはや、手放しの褒めようである。
そんな偉大な醸造所に、果たして僕たちのような一介のアマチュアがお邪魔してよいのかどう
か、いささか畏れ多い、というのが訪問前の率直な気持ちだった。もっとも、他の醸造所も同様
に、半ばおっかなびっくり訪れていたのだけれど。



僕たちは、高台にある醸造所の入り口で、予約した時間になるまで、対岸の斜面に広がるユッ
ファー・ゾンネウアーの畑を眺めて待っていた。

そこは醸造所と言うより、一見普通の個人住宅の様に見える。壁の一角に記されたFHのレタ
リングと、醸造所の名前が記された小さな銅版が無ければ、到底判らないだろう。時折通り過
ぎる村人が、「ははぁ、またハーグさんのお客さんか」といった顔で僕たちを眺め、軽く挨拶して
行った。

時間が来た。恐る恐る呼び鈴を押すと、間髪をおかずに扉が開き、笑顔を満面に湛えたおじさ
んが、まるで長年待ちかねた旧友を迎えるかのように現れた。そして次の瞬間に握られた手
の、痛かったこと!!猛烈な握力である。骨が砕けるかと思った。「いててて....」と握られた手
から、痛みを振り払おうと手を振ると、おじさんの笑顔がまた一層広がった。お茶目な人であ
る。彼がヴィルヘルム・ハーグその人であった。

フリッツ・ハーグ醸造所は、家庭的なワイングートである。葡萄畑の世話は専任の職人を置い
ているが、ワインは彼が丹誠こめて造り、育てる。事務的な仕事は奥さんと、末っ子の息子オ
リビエ氏が手伝っている。長男のトーマス氏は、ほど近いリーザー村のワイングート、シュロス・
リーザーでワイン造りに励んでいる。

早速、玄関脇にある居間の様な試飲室に通され、どんなワインが好みか聞かれた。
「辛口です」と僕。
「僕は甘口!」と同行した友人。
「それじゃ、全部って事かい?」とハーグ氏は笑った。「丁度良い組み合わせの友達だね!」
そんな訳で、次のワインを試飲させて頂いた。

辛口
'98 Fritz Haag Riesling QbA trocken
'98 Brauneberger Juffer Sonnenuhr Riesling Spaetlese trocken
'97 Brauneberger Juffer Sonnenuhr Riesling Auslese trocken

流石というか、他の醸造所で弱さを感じた '98年産の辛口も、ここでは見事な仕上がりだった。
「夏向きの気楽なワインだよ」という、最初のQbAも充分に美味しい。 シュペートレーゼ・トロッ
ケンはバランスも良く端正、アウスレーゼ・トロッケンは気品がある。

この醸造所の辛口は、全生産量の4割を占める。そして既に述べた通り、殆どがドイツ国内に
出荷されている。スカンジナビアなど、夏場にワインの需要が高まる地域には、若干量輸出さ
れているが、その他は皆無と言って良いそうだ。

ハルプトロッケンはパスして、甘口に。

甘口
'98 Brauneberger Juffer Sonnenuhr Riesling Kabinett
'98 Brauneberger Juffer Sonnenuhr Riesling Spaetlese
'98 Brauneberger Juffer Sonnenuhr Riesling Auslese

いずれもピュアで上品な果実味だった。

この醸造所では、発酵はQbAトロッケン以外は、全て葡萄の房に付着していた自然の酵母で
行う。基本的にステンレスタンクを使用するが、酸味が強いワインのみ、伝統的な木樽で酸化
熟成を適当な期間行い、再びステンレスタンクに戻す。

甘みを残す為の発酵の停止は、幾度も試飲を繰り返して、適当と思われる時点で別のタンク
に移し替え、酵母を取り除き、可能な限り少量の二酸化硫黄を加える。ズースレゼルブは行わ
ない。

それまでに訪れた醸造所が、圧力タンクや冷却等の操作で発酵を止めていたのと比べると、
随分シンプルな手法である。本当にそれだけなのか、と半ば驚いて聞くと、「ちゃんと効くよ Es
funktioniert!」と笑って答えた。

高貴な甘口
'98 Brauneberger Juffer Sonnenuhr Riesling Auslese Goldkapsel
'98 Brauneberger Juffer Sonnenuhr Riesling Auslese "Versteigerung"
'94 Brauneberger Juffer Sonnenuhr Riesling Trockenbeerenauslese

アウスレーゼもゴールドカプセルになると、がっちりとした骨組みと肉付きの良さを備えてくる。
優美な甘さが魅力的な普通のアウスレーゼとは、全く趣が違う。

どちらも収穫の日は同じである。しかしゴールドカプセルは、厳しい選果を行う。4人の女性
が、ステンレスのテーブルの上に広げられた摘みたての葡萄の房から、ボトリティスのついた
ものを2度に渡って選りすぐる。こうして選び抜かれた収穫を醸したものが、ゴールドカプセルと
なる。生産量は、通常のアウスレーゼの三分の一(5hl)程度。

ゴールドカプセルの次は、裸のボトルに"V"と手書きで記されただけの、競売会用のワイン。ア
イスワインとベーレンアウスレーゼの、良い所を掛け合わせて凝縮させたような、完成度の極
めて高い甘口ワイン。圧倒的。今年9月15日(水)にトリアーで開催されるモーゼル・ザール・ル
ーヴァーVDP競売会に出品予定。一体いくらの値がつくことやら....。

最後はトロッケンベーレンアウスレーゼ。しかしあまりにも若く、濃く、甘い。言葉に出来ない重
みみたいなものは感じるのだけれど、何と言ってよいかわからない。



試飲も終わりに近づく頃、シュロス・リーザーの話題になった。本当は其処も訪問したかったの
だけれど、交通手段が無かったのであきらめたんです、と言うと、ハーグ氏は即座に「じゃあ、
息子(オリヴァー)に車で送らせよう!」と申し出てくれた。
「しかし、予約をしていないんです」と遠慮すると、
「なに、私が言いつければ大丈夫!父親だからね。わっはっは!!」
と破顔一笑した。そんな訳で、思いがけなく続いてシュロス・リーザーも訪れる事となった。

それにしても、エネルギッシュなお父さんだった。
「ワインのお陰だよ」とハーグ氏は笑う。リーザーに向かう車の中で、末っ子のオリビエ氏は「父
は仕事を愛してますから。ワインは彼の子供みたいなものなんです」と楽しそうに言った。

そういえば、最初にケラーを見たいと申し出た時、今日は暑いから、扉を開けると温度が上が
るので勘弁してほしい、とやんわり断られた。しかし、ワインを子供達のように慈しむ父親の気
持ちとしてみれば、自然な心遣いであったのかもしれない。

ちょっと照れくさい言い方になるが、ハーグ家には愛があったと思う。家族への愛と仕事への
愛、あるいは情熱。その両方が車の両輪の様にに組合わさって、フリッツ・ハーグ醸造所の、
素晴らしいワインは生まれる。

「葡萄畑が素晴らしいからだよ」とハーグ氏は笑う。
しかし、どんなに素晴らしい葡萄畑であっても、ここまでワインを作り上げるのは、やっぱり『愛
の力』だ、と思った。






Weingut Schloss Lieser
www.weingut-schloss-lieser.de



シュロス・リーザーはブラウネベルク村から車で約5分、ドクトールの畑で有名なベルンカステ
ル=クースに程近いリーザー村にある。

ハーグ家の末っ子オリヴァーは、館の中庭で車を止めると、裏口のような小さな扉から兄の名
を呼びながら、ずんずんと奥に入っていった。
「お〜いトーマス、連れてきたよ!」

トーマス・ハーグ氏は父ヴィルヘルムの長男で、ガイゼンハイム大学醸造学科を卒業後、1992
年からこの醸造所の責任者となった。文字通り一城の主とはいえ、まだ若干30歳そこそこの
若手醸造家である。

彼は一見、詩人の様にも見える。丸いフレームの眼鏡の奥の、おっとりとした眼差しと物静か
な人柄が、そう思わせるのかもしれない。自らのワインを語る時も、視線をテーブルの上に漂
わせ、頭の中の文章を読んでいるかのような口調である。しかし、少し陽に灼けて赤らんだ頬
と無精髭、洗い晒したTシャツと土に汚れた膝丈のジーンズという風体は、まさに葡萄農民そ
のものだった。

屋敷の奥からだろうか、どこからか子供の戯れる声が聞こえてくる。あるいは父親であるトーマ
ス氏が昼食の食卓に現れないので、だだをこねているのかもしれなかった。貴重なお昼休みを
邪魔してしまい、少し申し訳なく思いながら試飲させて頂いたのは、次のワイン。

'98 Schloss Lieser Riesling QbA trocken
'98 Schloss Lieser Riesling Spaetlese trocken
'98 Schloss Lieser Riesling Kabinett
'94 Lieser Niederberg Helden Riesling Spaetlese
'98 Lieser Niederberg Helden Riesling Auslese**
'97 Lieser Niederberg Helden Riesling Auslese***

熟した果物のエッセンスの様な上品な甘みを、ドイツ人はしばしば「ヨハニスベーレ
Johannisbeere」(すぐりの実)と表現する。上記の中では、シュペートレーゼ以上の甘口に共通
して、このヨハニスベーレの品の良い甘みが感じられた。いずれのワインも端正、あるいは端
麗と呼んでも良い程、非常に綺麗に造られたワインだった。

トーマス氏は、醸造はガイゼンハイムでも学んだが、父親から学んだ事も多いと言う。例えば
残糖を残す方法にしても、フリッツ・ハーグ醸造所と同様に、まずワインを酵母から取り除いて
発酵を止め、ズースレゼルブは使用しない。葡萄の皮に付着している自然の酵母を用いる点
もまた、父と同じである。

しかし、彼は父のワインを模倣しているのではない。父の技術を受け継いだ上で、独自の方向
性を探っている。例えば父の醸造所では、発酵にはステンレスタンクを用いているが、彼は果
汁の性質によっては、伝統的な木樽を用いる。冷涼なケラーの温度での発酵になるので、そ
の期間も比較的長く、おおよそ2ヶ月から3ヶ月、場合によっては4ヶ月かかることもあるとい
う。

また、彼はフィルターを2回かける。フィルターは控えめにした方が、ワインの風味が濃く複雑
になるのでは、と想像するのだが、「そうしないと(残留酵母の再発酵が)危ない」のだそうであ
る。その代わり、二酸化硫黄の使用量をギリギリまで控えているのだ。しかしそれでもやはり、
リーザーの端麗ともいえる雑味の無さは、あるいはこのフィルターのかけ具合と関係があるの
かもしれないように思われた。しかし彼のワインは決して薄くなく、単純ではない。非常にピュア
で気品のある、個性的なワインだと思う。

ともあれ、試飲の後トーマス氏のVWゴルフ・カブリオレで、ベルンカステル=クースまで送って
頂いた。別れ際に、今年も良いワインが出来るよう祈っています、と言うと、彼は少し微笑んで
手を振り、昼下がりの太陽が照りつける道を走り去って行った。



フリッツ・ハーグ醸造所とシュロス・リーザーを続けて訪問して、この親子のワインは、あるいは
太陽と月の関係に譬えることが出来るかもしれないと思った。つまり、

父のワインは、大地を照らす太陽の様に、圧倒的な存在感がある。
子のワインは、静かで瞑想的だ。愛でる人にとっては限りなく美しい。

そして今にして思えば、僕たちは太陽に目が眩んでいる状態で、月に出会ってしまったのかも
しれない。だから、いつかまた改めて、リーザーのワインをじっくりと愛でてみよう、と思った。






Weingut Vereinigte Hospitien
www.vereinigtehospitien.de



交差点で信号を待っていると、傍らに若い女性が立ち止まった。
どこかの花屋で買ってきたのか、簡単な包装紙にくるまれた小さな赤い花の咲いた鉢植えを片
手に持っている。
信号が青になった。
彼女は僕たちを気にする様子もなく追い越すと、そのまま先に立って歩き出した。

僕たちも同じ方角に歩いて行ったので、自然に彼女の後を追うような形になった。しかしとある
角で彼女は曲がり、養老院のある敷地へと入っていった。一方僕たちはモーゼル川沿いにし
ばらく歩き、別の門からやはり同じ敷地へと入っていった。だがそこは養老院ではない。
VEREINIGTE HOSPITIEN TRIER----通称トリアー慈善組合と呼ばれている醸造所である。

ラベルに描かれた聖ヤコブの絵でご存知の方も多いのではないだろうか。この醸造所は養老
院、病院をはじめとした福祉施設の一部門として運営されている。だからここを訪れる人は、ワ
インが目当てとは限らない。親族の見舞いや祖父母の面会に訪れる人もいる。

聖ヤコブの絵といえば、その絵と同じポーズの銅像が、この醸造所の入り口に立っている。昂
然と天を仰いで大地を踏みしめ、巡礼の印である帆立貝の飾りのついた杖を突き出すようにし
て握る老人の像である。彼は聖地サンチャゴ・デ・コンポステーラに向かう巡礼者の守護聖人
だ。

かつてこの福祉施設の一部門として、聖ヤコブ市民病院があった。どういう経緯でその聖ヤコ
ブがエチケットに採用されたのかは定かではない。しかし街で行き倒れになったり、病気になっ
ても医師にかかる余裕の無い貧しい人々を救う使命を帯びたその病院の守護聖人が、この醸
造所のエチケットのシンボルとなってから、かれこれ40年以上になるという。

しかしこの醸造所の歴史は40年を遙かに越えて、凡そ2000年前まで遡る。現在のホスピテン
のケラーのあるあたりには、当時ローマ帝国の西部地域の首都であったトリアーに駐留してい
たローマ軍の為の貯蔵庫(ホレア Horrea)があった。その中には穀物や武具とともに、アンフ
ォラや木樽に入ったワインも貯蔵されていたという。

その後ホレアのある敷地はベネディクト派修道院ザンクト・イルミーネンSt.Irminenの所有とな
った。ドイツ最古のワインケラーとされ、現在でもしばしばワインプローベが行われるこの醸造
所のケラーの一角は、紀元8世紀頃この修道院の地下礼拝堂として造られたものである。

この最古のワインケラーは、木樽の並ぶ長い回廊の一番奥に位置している。太い柱から天井
に向かって張り出すアーチは、まさしくロマネスク様式の礼拝堂だ。天井はかなり低く、圧迫感
がある。薄暗く黒ずんだ壁に囲まれたその部屋には、厳かな歴史の重みが漂っている。

しかしそこから出て近くにある一枚の扉を開いたならば、いきなり現代的な光景----巨大なス
テンレスタンクが並ぶ醸造室が現れる。このギャップはかなり大きく、2000年の時を一気に飛
び越えたような目眩を催させる。そしてその奥にはさらに近代的な、醸造テクノロジーの最先端
を行く空間がある。

そこは部屋全体が年間を通じて8度前後に保たれ、冷蔵庫の中の様に肌寒い。容量2000リッ
トルの小型の立方体のステンレスタンクが何段にも積み重ねられて、真夏の今もその中でワイ
ンがひっそりと熟成を続けている。

ホスピテンでは現在は木樽は殆ど使われていない。例外的にヴァイス・ブルグンダー(ピノ・ブ
ラン)は1,2ヶ月木樽で寝かせるが、リースリングはステンレスタンクで醸造される。酵母はワ
インに応じて天然酵母を使用したり、培養酵母を使用する。残糖を残す為には冷却して発酵を
停止させ、必要最低限の二酸化硫黄を加える。

「発酵を止めるのは夜中だったり、明け方だったりすることもあります。」
とワインの販売責任者アルンス氏は語る。
「だからケラーマイスターは寝ている暇が無い。いつ適当な残糖値に達するか、酵母の働き具
合に左右されますから。」
まるで子供の誕生を待つ父親のようだな、と思った。

辛口
1.'98 Weissburgunder QbA trocken
2.'97 Serriger Schloss Saarfelser Schlossberg, Riesling Kabinett trocken
3.'97 Trierer Augenscheiner, Riesling Kabinett trocken
4.'97 Scharzhofberger, Riesling Spaetlese trocken
5.'97 Wiltinger Hoelle, Riesling Spaetlese trocken

日本への輸出のうち約5〜10%が辛口で、その割合は年々増える傾向にある。2.はザール地
区、3.はトリアーのモーゼル河沿いの畑。土壌は前者がシーファーで後者が砂質。前者の方が
ややアミノ酸的なミネラルの風味が多いような印象。4.は体格がひとまわり大きい。5.は酸味が
美しい。

ハルプトロッケン及び甘口
6. '97 Kanzemer Altenberg, Riesling Kabinett halbtrocken
7. '97 Scharzhofberger, Riesling Kabinett
8. '97 Serriger Schloss Saarfelser Schlossberg, Riesling Kabinett
9. '97 Wiltinger Hoelle, Riesling Spaetlese
10.'95 Kanzemer Altenberg, Riesling Auslese

ホスピテンの畑はザールからモーゼル中流まで点在しているが、全てトリアーの聖ヤコブの元
まで運ばれて醸造される。

7.と8.はカビネットの格付けではあるが、実際はシュペートレーゼの糖度基準をクリアした果汁
を使用している為、甘みがやや強く感じられる。9.はミネラルの複雑味と甘みをしっかりした酸
味が支えて、奥行きのある感じ。10.は端麗でふくよかな甘み。



この直売所を訪れると、いつも誰か他のお客さんと一緒になる。
醸造所で働いている人も時折通りすがり、挨拶を交わす。
日本からもワイン造りの研修に訪れている青年がいて、すっかりここに馴染んでいる。カウンタ
ーの向こうには日本のインポーターから贈られた色紙も飾られており、その前でドイツ人と日本
人が一緒にホスピテンのワインを試飲し、語り合う。

造り手と購入者、ドイツと日本、伝統とテクノロジー、人と自然がこの醸造所では一つに交わ
り、調和している。それぞれを互いに結びつけているものが、聖ヤコブをエチケットに戴くワイン
である。

悠久の時を越えて流れるモーゼル河の脇で、聖ヤコブの像は聖地を向いて今日も歩み続けて
いる。しかし彼が目指すのはサンチャゴ・デ・コンポステーラだけではない。日本を始めとした
世界の市場、消費者であり、あなたのグラスの中である。

もしもエチケットに彼の姿が記されたワインを飲む機会があったなら、舌の上でその長旅を、そ
っとねぎらってはもらえないだろうか?彼の故郷に御世話になっている者からのお願いであ
る。






SMW Saar Mosel Winzersekt GmbH
info@smw-trier.de



深い闇に包まれたケラーの中で眠るゼクトのボトルの中で、死せる酵母が静かに沈んでいく様
子は、漆黒の静寂が包む深海を、緩やかに降りしきる微生物に似ている。あるいは真冬の夜
の粉雪だろうか。

果てしない時間が流れ、やがて日が満ちた頃、ゼクトは唐突に激しく揺り起こされる。数百本
の、水平に寝かされたボトルが詰まった木箱が、パレットごとブルブルと振動する台に乗せら
れるのだ。すると、ボトルの側面に沈んで固まった酵母の死骸は、海底の砂の様に一斉に舞
い上がる。

そして今度は、背中合わせに立てかけられた2枚の人の背丈ほどの板に縦横に規則正しく穴
が開いている、ピュピートル、と呼ばれる動瓶台に、王冠を下向きにして逆さに突き立てられ
る。

ゴトリ、ゴトリ、ゴトリ、ゴトリ.....。
動瓶の絶え間なくリズミカルな音が、薄暗いケラーの中に木霊する。職人が毎日一回、手首を
ひねりながらボトルをピュピートルから軽く浮かせ、軽くぶつけるような感じで再びおさめる。そ
の衝撃で、沈んだ酵母が少しずつ、ボトルの口の方へと動くのだ。

突き立てられたボトルの角度も、毎日微妙に変えられていく。最初は水平に近かった角度が、
日を追うに従って少しずつ垂直に近づいていく。そして5週間後にこの行程が終わる頃には、
酵母は王冠の裏に白っぽい固まりとなって集まり、デゴルジュマン、あるいはドイツ語でエント
ヘーフェンと呼ばれる、酵母の除去作業を待つばかりとなる。

「酵母をゼクトからはなした時から、味が落ちていくんです。」
このゼクトケラライ SMW Saar-Mosel-Winzersekt GmbHで働くI氏は言う。
「だからデゴルジュマンは、出荷の直前に行います。出来るだけ酵母との接触を長くすること
が、ゼクトの味を向上させるんです」

SMWの方針では、瓶内熟成期間を最低12ヶ月、 長いもので12年行っている。デゴルジュマ
ンは出荷直前に行われるので、エチケットに記載された収穫年のワインは、二次発酵用の酵
母と糖分を添加されてからデゴルジュマンされるまで、酵母のベッドの上で静かに眠っていたこ
とになる。また、デゴルジュマンの年と月はラベルに記載される。

ゼクトの原酒は、収穫後6ヶ月を経た若いワインである。また、シャンパーニュの様に、造り手
のスタイルを毎年一定に保つ為の、異なった収穫年の原酒のブレンドは行わない。一般にゼ
クトの場合、ビンテージ毎に生産することが多い。

個人的な印象では、 SMWのゼクトには、しばしば還元熟成を感じさせる風味が漂うように思わ
れる。例えば、まるでゼクトを石炭で燻したかのようなスティーリィな香りが真っ直ぐに立ち上っ
てきたり、ひと味ひねった果実味−妙な例えで恐縮だが、梅干の種の堅い殻の中にある白い
果肉の様な風味を、アクセントとして感じることがしばしばある。

熟成を大切にする SMWの様な造り手がある一方で、市場ではフレッシュ&フルーティ、果実の
フレッシュなアロマが前面に出たゼクト、あるいはワインが売れている。そして、量産型の造り
手は、ドイツワイン法で定められたゼクトの最低熟成期間である9ヶ月を若干越えた、およそ1
年前後でリリースしている。

フレッシュな果実味か、それとも熟成した風味が良いかは嗜好の問題だが、それにしてもドイ
ツ人はゼクトを良く飲んでいる。一説には一人あたり年間5リットルを消費しており、イタリア人
やフランス人よりも発泡性ワインを飲み干しているという。また、ゼクトの生産量はトリアーだけ
で年間1億3千万本に登り、これは一つの都市が生産する発泡性ワインの量としては世界一
なのだそうだ(Trierischer Volksfreund紙 Aug.24.'99)。

何故これほどゼクトが造られ、かつ飲まれているのか?
その理由の一つには、ドイツ人は炭酸入りのミネラルウォーターを好んで飲むことと関係があ
りそうだ。実際、地元産のミネラルウォーターは炭酸入りが主流であり、日本で主流の炭酸なし
のミネラルウォーターは、エビアンやボルビック等フランスからの輸入品が殆どである。

第二に、小規模なワイン農家でも、 SMW等一部のゼクト生産会社に依頼すれば、自分のワイ
ンをそのままゼクトに仕立ててもらう事が出来るという事情がある。例えばSMWでは自分のブ
ランドで造るゼクトの他に、約130のワイン農家から原酒を引き受けて、ゼクトに仕立てている。
こうしたことから、モーゼルの殆どの生産者----ほんの数ヘクタールに満たない葡萄畑を持つ
家族経営のワイン農家に至るまで----が、ゼクトを自分のワインリストに載せているのだ。

第三に、価格的に手頃である。例えばブーブクリコのイエローラベルは約50マルク (約3.3K円)
もするが、ホスピティエン・トリアーのScharzhofberger Brutは15.60マルク(約950円)。SMWの'
92 "Ce Soir" Riesling trockenは15.80マルク(約1K円)、トリアー国営醸造所の'96 Trockenは
13.80マルク(約850円)、SMWのフラッグシップである"'92er SMW Selektion"でさえ、29マルク
(約1900円)である。

シャンパーニュとゼクトは味の方向性がかなり違うので、一概に比べることは出来ないけれど、
優雅な泡立ちと淡い黄金色といった、視覚的な雰囲気にそれほど大きな違いは無いように思
う。さらに味もまた、原酒が上質ならゼクトも上質に仕上がるし、いまひとつ平板な原酒でもゼ
クトにすれば、炭酸の刺激と若干の熟成が、そこそこの快適な飲み物にしてくれる。

余談だが、ワインでTrockenは文字通り辛口だけれど、ゼクトのTrockenはややこしいことに、
ワインのHalbtrockenかそれ以上の残糖があることを意味する。つまり、以下の通りである。

brut natureもしくはnaturherb
< 3g/l, 門出のリキュール無し
extra brut 0〜 6g/l
brut 0〜 15g/l
extra trockenもしくはextra dry 12〜 20g/l
trockenもしくはdry 17〜 35g/l
halbtrocken 33〜 50g/l

ちなみにワインの場合は以下の通り。

trocken max. 9g/l
halbtrocken max. 18g/l
lieblich 18g/l〜max. 45g/l
suess 45g/l以上

余談ついでに、もうひとつ。手作業で動瓶したかどうかは、ボトルの底をみれば判る。澱がたま
っている、のではなく、どれだけボトルを回転させたか目で判るように、半径にそって一本、マ
ーカーで線が引かれているのだ。

これは一応、シャンパーニュ方式で造られたゼクトを見分ける一つの目印になるが、なにもボト
ルの底を覗き込まなくても、ちゃんとエチケットに"traditionelle Flaschengaerung"(伝統的瓶内
発酵)と書いてあることが多い。

ただし、シャンパーニュ方式であってもジロパレット等機械を用いて動瓶していることもある。し
かしそれは、味にはあまり関係が無い....とは言うものの、職人が手でひとつひとつ瓶を回す様
子を思い浮かべると、ほんのすこし、ゼクトの味も違うような気がする。

そこで、時々動瓶にかり出されているI氏に、SMWでは何故手作業で行っているのか聞いてみ
た。
「さぁ....お金が無いからじゃないですか。」
む、そう言われては実も蓋も無いじゃないか。
しかし逆に言えば、機械化して効率を求めるより、品質を求めているのかもしれない。

まぁ、細かい詮索はやめて、ひとつゼクトでも飲むとしよう。
ゼクトの良い所のひとつは、理屈抜きに楽しめる事じゃないかと思う。
グラスに注がれると、シュワッという音とともに立ち上るあの泡。あれを目にした瞬間、他の事
はすっかりどこかに忘れてしまって、今、目の前にあるゼクトの事しか頭に無くなってしまう。
ゼクトはまず、目で味わう。少し華やかな気分を味わう。
細かく立ち上る泡は、じっと見ていても、けっこう飽きない。話がとぎれても、泡が間を持たせて
くれる。

シャンパーニュほどお洒落じゃないかもしれないけれど、ゼクトもけっこう、捨てたものではない
と思う。

ただし条件がある。
・瓶内二次発酵させてそのままデゴルジュマンする、シャンパーニュ方式 (Klassische
Fraschengaerung)で造られていること。
・いわゆるWinzersekt----つまりワインの造り手が、自分の畑から収穫した葡萄をゼクトにした
ものであること。
それならば、シャンパーニュとはまたひと味違った個性を楽しませてくれる筈である。









友人が帰国してから数日後、ポストに一通の白い封筒が入っていた。
差出人は"Grosser Ring VDP Mosel-Saar-Ruwer e.V."。
「あ、ハーグさん、覚えていてくれたんだ!」
フリッツ・ハーグ醸造所を訪れて、オークションに出品するワインを試飲させて頂いた際にハー
グ氏が、興味があるなら招待状を後で送るよ、と言ってくれたのだ。

封を切ると、やはり中は招待状だった。僕はハーグさんに改めて感謝すると共に、醸造所訪問
を提案して下さった友人にも、お礼を言いたい気持ちになった。

そして9月15日、オークションの朝がやってきた。
午前9時から11時までオークション前の試飲、午後1時からオークション開始。会場はトリアー
のラマダホテル付属大会議場であるオイローパ・ハレだった。

9時にやや遅れて会場入りすると、先月訪問した造り手の顔があちこちにあった。ヴィルヘル
ム・ハーグ氏は相変わらず精力的に、あちこちを歩き回って握手を交わし、笑顔を振りまいて
いる。

シュロス・リーザーのトーマス・ハーグ氏も、出品するワインをサーブしながら、なんだか浮き浮
きした様子だ。しかもきりりとしたスーツ姿で、醸造所で会った時よりずっと若々しく見える。

カルトホイザーホフのクリストフ・ティレル氏も、少し太り気味の体を鮮やかな若緑のジャケット
に包んで歓談している。風邪はとっくに治ったらしく、落ち着いた様子だった。

それぞれのワインを試飲させてもらいながら、先日のお礼を述べて一息ついていると、誰かに
肩を叩かれた。振り向くと、ロルヒのワイングート、トロイチのK氏だった。聞けば、両親の案内
をしてトリアーを訪れたついでに、立ち寄ったのだという。

「もう大分飲まれたようですねぇ。ちょっと顔が赤らんでますよ」
とK氏。
「いや、どうも吐き出すのが勿体なくて、大概全部のんじゃってます」
と僕。
「それじゃあ大変でしょう」
「まぁ、入札に参加する訳でもないですし....。楽しませてもらってます。」

実際、心ゆくまで楽しまなくては勿体ないワインばかりだった。
VDP加盟の錚々たる造り手達の、会心の作が一同に集まり、試飲に供されていたのだから。
この夏訪れた造り手の他にも、エゴン・ミュラー、ターニッシュ、J.J.プリュム、Dr.ローゼン、ル・
ガレ、フォン・ヘーフェルetc...。そして彼等のワインの殆どが、シュペートレーゼ以上の高貴な
甘口だったのである。

とはいうものの。
彼等の甘口43種類を、一気に2時間で試飲するのは楽しくもあり、正直なところ、やや苦しくも
あった。出来れば一本、幸せな晩餐の後に、時を忘れて味わいたかった....。



さて、やがて午後になり、大会議室でオークションが始まった。
白いクロスのかかったテーブルが整然と並び、数百人の出席者の殆どがジャケットかスーツ姿
だ。業界関係者だけでなく、一般も入場料を支払えば誰でも参加出来る。ただしビット出来る
のはコミッショナーだけで、一般参加者は彼等にあらかじめ上限価格と本数を伝えて、競り落
としを依頼するという方式をとる。

舞台の上ではオークショニアが小気味良く競り上げて行く。
ヴィルヘルム・ハーグ氏が主催者としてその左に座り、やはり緊張しているのだろうか、しばし
ばミネラルウォーターを飲み干している。

オークショニアの右には、競りにかかっているワインの造り手が座る。彼等の表情は遠目には
読みづらい。喜怒哀楽を押さえているようにも見えるが、あるいはやはり、緊張しているのかも
しれない。落札価格が決まると、それで良いか、という風にオークショニアが造り手の肩を叩
く。それに答える造り手の動作は、時として落胆を隠しきれないようにも見て取れた。

僕たちが訪問した醸造所から出品されたワインの落札価格は、次の様な結果だった。

フリッツ・ハーグ醸造所
'98 Brauneberger Juffer Sonnenuhr R. Sp. DM 25→DM 31
'98 Brauneberger Juffer Sonnenuhr R. A. Goldkapsel DM 80→DM 155
'94 Brauneberger Juffer Sonnenuhr R. A.lange Goldkapsel DM 100→DM 350
'76 Brauneberger Juffer Sonnenuhr R. TBA DM 2000→DM 4600

'76のTBAは当然ながら試飲は無し。しかし2000マルクで始まった競りが一気に4000マルクを
付けた時、会場は盛大な拍手に沸いた。

シュロス・リーザー醸造所
'98 Lieser Niederberg Helden R. Sp. DM 18→DM 22
'98 Lieser Niederberg Helden R. A.** Goldkapsel DM 45→DM 52

Auslese** Goldkapselは突き上げるような力強い甘みがあり、もう少し高くても良かったように
思う。

カルトホイザーホフ
'98 Eitelsbacher Karthaeuserhofberg R. Sp.#53 DM 23→DM 27
'98 Eitelsbacher Karthaeuserhofberg R. A. #58 DM 40→DM 63
'96 Eitelsbacher Karthaeuserhofberg R. Eis #35 DM 200→DM 701

Eis,BAはカルトホイザーホフに限らず、始値から既に結構な価格であるにもかかわらず、2倍、
3倍は当たり前という風な値上がりを見せた。一体、誰が競り上げているのだろう。

この他に注目を集めたのは、Dr.ローゼンの'98 Erdener Praelat R.A.lange Godkapselだった。
始値は110マルク。確かに素晴らしいバランスと凝縮感で非の打ち所の無いアウスレーゼだっ
たが、あれよ、あれよという間に300マルクを越えたかと思うと500マルクも軽く越えいくその勢
いに、最初は拍手に包まれていた会場も、いつしか唖然とし始めて、ついには競り上げて行く
のが仕事のオークショニアをして、「もうこれ以上競り上げたくはないのですが」と言わしめたほ
どだった。

結局落札価格は650マルク。これに手数料と付加価値税16%が加わるので、落札者は一本769.
10マルク支払うことになる。約5万円。これが高いのか妥当なのか、僕にはちょっと見当がつ
かない。ただ、競りにかかっているのと同じワインが目の前のグラスに注がれたいたのだが、
そのワインの味は変わらないのに、値段だけが数秒のうちに劇的に変化を遂げていくのは、
何か空しいような恐ろしいような光景だった。

ともあれ、開始から4時間ほどでオークションは幕を閉じた。
会場を出るといつのまにか雨が降っていたらしい。昼までは熱気をはらんでいた空気も急に涼
しくなって、肌寒いほどだった。




オークションの日を境に、トリアーは急速に秋の気配を深めている。

友人が来たころには10時近くまで明るかった空も、今はもう8時には夜の帳が降りている。
木々の緑も赤や黄色にとって変わられ始め、吹き抜ける風には早くも冬の冷気がほんの
少々、混ざり始めたようだ。昼の空の色も少し暗く、そのぶん青みを増してきたように思われ
る。

間もなく葡萄の収穫が始まる。
今の所、1959年の再来と言われる理想的な天候が続いている。時折驟雨が通り過ぎ、葡萄畑
の土を湿らせ、夜の冷気と昼の陽光が葡萄の糖度を順調に上げている。

フェダーヴァイザーも出回り始めた。ファルツの産だが、炭酸を含んで白く濁って甘い葡萄果汁
は、去年の今頃トリアーに来たばかりの頃を思い出させる。

収穫を前にしたモーゼルの葡萄畑は、秋の静かな光の中で静寂につつまれている。嵐の前の
静けさだ。さあ、今年はどんなワインが出来るだろうか。期待に息を潜めて、見守ることにしよ
う。



(補記:この訪問記は1999年8月〜9月にNiftyServe 酒フォーラムFsakeに報告したものですが、Fsake閉店により
Fsake上の報告も消滅したため、2004年3月HP用に改訂、改めて公開しました。)




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