トリッテンハイムからライヴェンに向かう途中の景色。新緑にたんぽぽ、菜の花が彩りを添えている。

2004年4月中旬。
木々の若葉が次第に緑色を深める中、ライヴェン村へ続く斜面に広がる葡萄畑の上を、雲の
陰がゆっくりと動いていく。葡萄の畝の間を菜の花やタンポポが彩り、風に乗って散る山桜が
春の終わりと夏の始まりを告げていた。

ライヴェン村の全景。葡
萄畑にかこまれた集落
で、ワイン村のうちでは
比較的大きなほうだろ
う。


モーゼル中流のライヴェン村では、1980年代から村の若手醸造家が勉強会を結成し、醸造や
栽培のノウハウお互いに交換しあい、定期的に試飲会を開催して切磋琢磨してきた。その成
果あって1990年代以降、グランス・ファシアン、ヨゼフ・ロッシ、ハインツ・シュミット、カール・レー
ヴェンなど、モーゼルのトップクラスとされる醸造所が次々と登場した。今回訪問したザンクト・
ウルバンスホーフ醸造所もそのひとつだ。



大戦後間もない1947年、ドイツが敗戦の焼け跡から復興をめざしていた時代、製靴を生業にし
ていたニコラウス・ヴァイス氏が、ライヴェン村の外れに醸造所を創設した。二代目のヘルマ
ン・ヴァイス氏はザールの葡萄農家出身の妻を迎えるとともに、20haの葡萄畑をザールに購入
し、醸造所の規模をほぼ倍増し、醸造のほかに葡萄の苗木生産でも成功した。そして息子の
ニコラウス(通称ニック)がガイゼンハイムで醸造学を修め、ナーエ、シャンパーニュ、カナダ、
カリフォルニアとチリで見聞を広めた後、故郷に戻ってくると、醸造所を彼に譲った。醸造所創
設から丁度半世紀を経た、1997年のことである。

若干26歳で30ha以上の畑を所有する、家族経営の醸造所としては中部モーゼルでマルクス・
モリトー醸造所に次いで二番目に大きな醸造所のオーナーとなったニック・ヴァイス氏は、父の
代からの醸造主任ルドルフ・ホフマン氏、ブドウ栽培責任者ヘルマン・ヨストック氏のバックアッ
プを得て、醸造所の評価をさらに高めつつある。ニック氏の代に入ってからの最も画期的な出
来事は、2001年にトップクラスの醸造所が組織するVDPに加盟を許されたことだろう。VDPへ
の加盟は、醸造所のメジャーリーグ入りを意味する。同団体が毎年主催する全国規模での試
飲会やロンドンの試飲会で、自分のワインをアピールすることが出来るとともに、世界のドイツ
ワイン愛好家の注目を集める秋の競売会に自分のワインを出品することは、どの造り手にとっ
ても誇らしいことに違いない。

だが個人的には、昨年までこの醸造所のワインはこれまでも時々飲む機会があったが、それ
ほど印象に残るものではなかった。それを覆したのは昨年のVDP競売会に出品された2002 
Ockfener Bockstein Riesling Auslese lange Goldkapselである。それは素晴らしく濃厚でどっしり
とした深みがあり、見事なワインだった。そして半月ほど前、友人宅でリリースされたばかりの
2003年産Piesporter Goldtroepchen Riesling Kabinettを飲んだ。あの猛暑の影響か酸味は控
えめながら、たっぷりとした広がりのある果実味には説得力があった。他の2003年産はどんな
ワインなのか気になった。それが、今回醸造所へと赴いたきっかけである。



ここはモーゼルの醸造所としては珍しく、土曜日も予約無しで訪問できるハズだった。村人に
道を聞きながら村はずれの醸造所に辿り着いたとき、葡萄畑の中にある醸造所は人気が無
かった。しかし、どこからか人の声が聞こえてくる。中庭の一角にある、地下に降りる階段の奥
からだ。おそるおそる声のする方へと向かい、中を覗くと木樽の並ぶ通路の奥の部屋で、団体
客が醸造所の人の説明を聞きながら試飲している最中だった。

「あちゃ〜、これはツイてないよ。あと1時間はかかりそうだ。」
「どうする?」
「せっかくここまで来ておいて、あきらめて帰るのもくやしいな。」
「でも、試飲の人たちに混ぜてもらうのは難しそうだよ。雰囲気的に。」
「う〜ん。あ、そうだ。電話してみよう。」
「どこに?」
「ここに。誰か出てくるかもしれない。」

携帯から電話すると、無人の事務所に電話の呼び出し音が響いた。当然
ながら誰も応答しなかったので切ったが、ほどなくして中から人が出てき
た。若い女性だった。

「あの、すいません!」
「はい?」
「あの、すいません、今日は試飲と直売できますか。」
彼女はすこし考えている様子だった。
「何人ですか?」
「二人なんですが。」
醸造所によっては、団体の試飲は受け付けないことがある。試飲だけで何
も買わないで帰る訪問者が大半の団体の場合、損失が大きいためだ。
「それじゃ、少し待っていてください。すぐ戻ります。」
ラッキー!である。



ほどなくして戻ってきた彼女は、「ヴァイスです。」と自己紹介した。
「オーナーの娘さんですか?」と聞くと、「いいえ、妻です。」と微笑んだ。
23歳で、トリアー大学で経営学を学んでいる女子大生だそうだ。実家が醸造所で、試飲会でニ
ック・ヴァイス氏と知り合った。結婚してまだ1年あまりだが、既に醸造所の経営の一端を担
い、勉強のかたわらプレゼンテーションや接客をこなし、週末もこうして働いている。

わずか数年でモーゼルのトップ醸造所のひとつにまで押
し上げたご主人は、どんな人なのか聞いてみたところ、
「完壁主義者」という答えが返ってきた。その一端は週7
日(土日は予約が必要)訪問者に門戸を開いていること
からも伺えるが、近年のワインの味にも現れている。ここ
のワイン造りはモーゼルの伝統へのこだわりが強く感じら
れる。たとえば葡萄は伝統的な棒仕立てで、樹一本づつ
に杭を添えて、母枝2本をハート形に整枝する。こうする
と針金に沿って枝を這わせるのと異なり、樹の間を縫って
縦横に畑を行き来できるとともに、ハート形を太陽の方角
に向けることで日照を最大限に活用できる。土壌の生態
系を生かすため、肥料は堆肥のみ。強めの剪定と夏の
終わりの果実の間引きで収穫量を抑え、味の凝縮をはか
る。収穫はすべて手作業、これも伝統的な背負子に果実
をあつめ、トラクターで醸造所に運ぶ。ザールの畑の収穫
も同様にして収穫し、ライヴェンまで輸送し、圧搾する。
ダニエラ・ヴァイスさん。

圧搾に際しては、まず果実を破砕し、2気圧の低圧で圧搾、ポンプで吸い上げることなく静かに
一晩清澄した後、スプリンクラーで冷水をかけたステンレスタンクでゆっくりと発酵させる。この
低温でのゆっくりとした発酵がほのかな発酵香をあたえ、醸造所のワインのひとつの特徴にな
っている。発酵が終わると今度は伝統的なフーダー樽−約1000リットル入りの樫の木樽−で2
ヶ月前後熟成される。これが、角のとれた広がりのある果実感を作り出している。実際、今回
訪問するまで、ここのワインはてっきり木樽発酵に違いない、と思い込んでいた。僕の印象で
は、トップクラスの醸造所には二種類のスタイルがある。凝縮して濃厚・複雑な果実味のインパ
クトが強い所と、穏やかな広がりと気品のある果実味の、クラシックなスタイルを持ち味にする
所だ。ザンクト・ウルバンスホーフ醸造所は後者に属する。

生産されたワイン約25万本のうち、およそ半数が北米を中心に輸出され、9割がリースリング、
その8割前後が甘口である。甘口が主力なのは輸出先の市場を意識したわけではなく、モーゼ
ルの個性は甘口で最も生かされるという考えからだそうだ。



最初は4種類と言っていた試飲は、話がはずむにつれて次第に増えて、最終的に11種類に達
した。2003年産のみを試飲したが、そのどれもがほどよい濃度と快適な調和を示しており、
2003年はこの醸造所にとって良い年であったことが感じられた。猛暑と日照り続きであったが
とくに給水は行わず、葡萄の葉を大目に残して果実に陰を作った程度の対策だったという。

中部モーゼルに位置するピースポーター・ゴルトトレプヒェンは2003年らしいたっぷりとした口当
たりの果実味で、酸が不足している反面飲みごたえがあり、それなりに魅力的。ライヴェナー・
ラウレンティウスライは南向きの急斜面で、日照りの影響をもろに受けているようだ。その一方
でザールのオックフェナー・ボックシュタイン、ヴィルティンガー・シュランゲングラーベンは、例
年に比べると控えめな酸味が完熟した果実味が調和して申し分ない。2003年はザールの年か
もしれない、という予感を抱かせた。

1. 2003 Gutsriesling Spaetlese trocken

フレッシュな果実味にグレープフルーツのヒント。しっか
りしたミネラル、酸のアクセント効いている。醸造所の近
く、あまり急でない斜面の複数の畑の収穫を用いてい
る。際立った魅力はないが、品質は高い。食事と一緒
に飲むワイン。84

2. 2003 Ockfener Bockstein Riesling feinherb

フルーティなアロマ、ほのかに漂う発酵香が、いかにも
新酒。フレッシュな果実味、黄色い柑橘、オレンジのヒ
ント、調和のとれた快適な中辛口。85
3. 2003 "Wiltinger" Riesling Kabinett feinherb

VDPモーゼル・ザール・ルーヴァーの新方針で、エアステ・ラーゲ(ブルゴーニュのグラン・クリュに相当)に指定されて
いる畑のみ村名+畑名を記載、それ以外は畑名を記載しないことになった。だから本当はWiltinger
Schlangengrabenなのだが、Wiltingerと名乗っている。

完熟した柑橘のアロマに気品が感じられ、酸味も完熟した柑橘の果実味に綺麗に調和している。猛暑でザールの特
徴である酸味の強さがほどよく緩和されつつも残っており、快適なバランス。86

4. 2003 Gutsriesling

ややシンプルでクリーンな果実香、綺麗な果実味に柑橘のヒント、パランスの良い酸味。うまくまとめてあり、ベーシ
ックなワインとしては上々。84

5. 2003 Ockfener Bosckstein Riesling Kabinett

カビネットらしい軽やかさが好ましい。上品な果実味、ほんのりクリーミィ、黄色い柑橘のヒント、綺麗な酸味。85

6. 2003 Piesporter Goldtroepchen Riesling Kabinett

2003年らしくモーゼルらしからぬリースリング。完熟した柑橘に白い果肉のフルーツのヒント、メロン、発酵香、酸味は
完熟した果実味の中で消えかかっている。それでも口当たりの良い、なめらかな風味は充分魅力的。86

7. 2003 "Saarfeilser" Riesling Spaetlese

畑はSchodener Saarfeilser Marienbergだが、エラステ・ラーゲではないことからVDPの方針に従って畑名を記載せ
ず"Saarfeilser"を名乗る。繊細な酸味とミネラルのアクセントが効いたフレッシュな果実味、黄色い柑橘のヒント。完
熟していながらもキリリとした所は、ザールらしい趣を感じる。85

8. 2003 Piesporter Goldtroepfchen Riesling Spaetlese

たっぷりとして滑らか、完熟した果実味にグレープフルーツ、メロンのヒント、クリーミィ。調和のとれた大柄なワインで
飲み応えがあるが、酸味が完熟した果実味の中に埋もれている。アフタもアタックのインパクトに比べると、やや拍子
抜けするほど引きが早い。2003年の個性が良く出ているとも言える。86

9. 2003 Ockfener Bockstein Riesling Spaetlese

滑らかな舌触りの完熟した柑橘の果実味は、控えめながらほどよい酸味で目鼻立ちがくっきりしており魅力的。グレ
ープフルーツ、桃、オレンジのヒント。綺麗に調和のとれたワインで、エッセンス的な甘みのアフタが長く続く。非常に
楽しめる。87

10. 2003 Leiwener Laurentiuslay Riesilng Spaetlese (Versteigerung)

緑を帯びた淡い金色、閉じた香りの奥に秘められた凝縮感。緻密でなめらかな甘みのエッセンス、濃厚なグレープフ
ルーツの甘み、クリーミィ、ヴァニラ、わずかに焦げた果実のヒント。急峻に切り立った南向きの畑で、おそらく猛暑の
影響で干からびかけた粒の影響がアロマに出ているが、それは同時に2003年の夏の記憶を鮮明に留めたワインで
あるとも言える。90

11. 2003 Piesporter Goldtroepchen Riesling Auslese

クリーミィで繊細、たっぷりした柔らかい口当たりの果実味、完熟した柑橘のヒント。調和がとれており、アフタも長
い。88

このアウスレーゼは早くも売り切れているが、それは味だけによる判断ではなく、有名な畑であること、アウスレーゼ
の肩書き、醸造所、2003年の評判から、売りやすい商品としてチョイスされたのではないかと思われる。醸造所直売
25Euro/750mlだが、輸出先ではいくらになることか。

またこの醸造所に限らず、VDP加盟醸造所のエアステ・ラーゲのワインは2003年産から値上げされる傾向がみられ
る。ここでは昨年12〜13ユーロだったシュペートレーゼが、今年は15ユーロになった。醸造所の説明では猛暑からく
る2,3割の収穫減によるという話だが、おそらくエアステ・ラーゲを差別化し、ファルツのグローセス・ゲヴェクスに並ぶ
価格帯に持っていこうというつもりかもしれない。今のところ、業者や顧客からの反発はとくに無いという。



試飲の後何本か購入して、醸造所を後にした。4時間に1本しかないトリアー行きのバスが来る
まで、あと1時間あったので、それまで村の居酒屋で待つことにした。中に入ると丁度サッカー
の試合中継が終わったばかりらしく、村人がビールを飲みながらあれこれと議論している。僕
もまたビールを頼み---ワインの試飲のあと理屈ぬきに飲むビールは、スポーツの後のビール
の次くらいに美味しい---、醸造所でもらったパンフレットを眺めた。

英語版とドイツ語版の両方をもらったのだが、英語版のほうが明らかに新しい。一族4世代が
一同に会した見開き2ページの写真を比べると、ドイツ語版では母親の膝の上に乗っていた子
供が、英語版ではすこし大人びて微笑んでいる。また、今回応対してくれたダニエラさんも新し
く加わっていた。ふたつの写真の間には、おそらく3年の歳月が流れている。その間にも毎年
醸造所のワインは着実に評価を伸ばしてきており、その幸運な発展の勢いが二つの写真の間
から伝わってくるような気がした。

葡萄畑を歩いている時、ライヴェン村の川向かいの斜面の上から、いくつものパラグライダー
が空を舞っているのが見えた。ニック・ヴァイス氏の率いる醸造所も上昇気流に乗ったまま、
2004年も空高く舞い上がることだろう。



ザンクト・ウルバンスホーフ醸造所
Weingut St. Urbans-hof
Oekonomierat Nic. Weis
D-54340 Leiwen / Mosel
Tel. 06507-93770
Fax. 06507-937730
HP: www.weingut-st-urbans-hof.de
Email: St.Urbans-Hof@t-online.de

訪問可能時間:月〜金 9:00-18:00, 土日は要予約


(2004年4月)




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