モーゼル河沿いに走るバスの車窓から見える景色は、左右二つに分かれていた。
左側の空はどんよりと低くたれ込めた灰色の雲に覆われ、その下は雨で煙って見える。右側の空は雲の切れ間から
青空が除き、壮大な緑の斜面に投げかけられた陽光がまだらに光っていた。その二つの光景を分かつ様に、満々と 緑の水をたたえたモーゼルが、ゆるやかな曲線を描いている。8月中旬の観光シーズンまっさかりとあって、街道沿 いのホテルやレストランの駐車場には州外のナンバーをつけた車やバイク、自転車がならび、バスの中でもイタリア から毎年休暇に来るという夫婦が、オランダから来たという犬づれの家族とドイツ語で会話していた。
「一見すると無愛想でとっつきにくそうに見えるけど、話してみるといい親父さんだよ。」
今回試飲会に行くことを勧めてくれた韓国人のワイン好きの知人は、オーナーのヒューゴ・シュヴァング氏についてそ
う言った。
「予約しなくても大丈夫だよ。なんなら、僕の紹介だって言ってもいいし。」
持つべきものは友人である。きょろきょろと中庭を見回していると、笑顔で近寄ってくるおばさんがいた。シュヴァング
氏の奥さんだった。
「すいません、友人から試飲会があると聞いたのですが。」
「あら、よく来たわね!試飲はこっちの部屋でやってるから、どうぞ。地元のチーズやハムもそちらにあるから、よかっ
たらつまんでね。私の旦那はあそこよ。いまちょっと話こんでいるみたいだけど、適当に試飲しててね。そうそう、グラ スはここにあるから。」
そう言うと、忙しそうにまたどこかに行ってしまった。顧客と盛り上がっているシュヴァング氏は、一向に僕たちに気づ
く様子を見せない。たしかに、ちょっととっつきにくい人なのかもしれなかった。
◇次世代へ引き継がれる伝統
◇ワインの特徴
ロイシャー・ハート醸造所のワインの特徴は、「自然な」ワインである。ワインが「なるべくしてなる」味へと導くのが造
り手の仕事だという。醸造には伝統的な1000リットル入りの木樽とステンレスタンクを併用するが、「どっちで醸造し た方がいいのかは、収穫前に葡萄を食べればわかる」のだそうだ。大半は自然酵母で発酵するが、辛口に仕立てる ために培養酵母を用いることもある。収穫後に一端果汁は冷却され、その後低温のケラーで極めてゆっくりと発酵さ せる。その結果ワインには仄かな炭酸が含まれるとともに、複雑なアロマが生成される。発酵終了後も4月から6月 ころまで沈殿した酵母にワインを接触させて熟成し−いわゆるシュール・リー−、味わいに複雑さを与え、ワインが自 然に清澄するのを待って6月から7月にかけて瓶詰めされる。1980年代末に最上の一角を所有するピースポーター・ ゴルトトロプヒェンの畑は耕地整理され、古木を引き抜いて新たに苗木を植えることを余儀なくされた。その木も今や 15歳となり、若木とはもはや呼べない樹齢に達しつつある。
所有する畑はいずれもピースポート村でゴルトトロプヒェン、ドームヘル、ファルケンベルクおよびトレプヒェン。リースリ
ング90%, リヴァーナー(=ミュラー・トゥルガウ)8%, レゲント2%。リースリングはミネラルのしっかりと効いた調和のとれ た果実味で、モーゼルの伝統的なスタイル。Max. Ferd.リヒター醸造所の味筋に通じるものがある。リヴァーナーは果 実味にアクセントのある辛口で上々だが、赤品種のレゲントは濃厚ながら果実味に効いたミネラルの苦みがやや気 になった。息子のマリオ氏が始めた有機農法による収穫だが、リースリングにある自然な調和には及ばないように思 われる。
◇試飲メモ
ちなみに、日本への発送も受け付けている。15本まで送料は75ユーロ(1Euro=約137円)、発送から10日前後で届
く。普通に郵便局で送ると12本まで(20Kg)で80Euroだから、お得である。勿論ワインは醸造所直売価格だ。価格帯 は3.20Euro〜25Euro。詳細は醸造所にメールすれば喜んで教えてもらえるだろう。
(2004年8月)
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