6月2日、VDP モーゼル・ザール・ルーヴァーの新酒試飲会が開催された。J.J.プリュム、Dr.ローゼン、フリッツ・ハー
グ、カルトホイザーホフなど、モーゼルを代表する醸造所が一同にあつまる試飲会である。静かな興奮が渦巻くトリア
ーの商工会議所のガラス張りのホールで、ドイツ各地から訪れているガストロノミー関係者や醸造家たちとともに、入
場料26ユーロ(約3500円)さえ払えば誰でも試飲に参加することが出来る。平日水曜日の開催とあってそれほど混
雑することもなく、QbAからアイスワインまで100種類以上のワインが試飲出来るが、あからさまに酔っている人はい
ない。ほとんどの参加者は口に含んだワインを各所に設置されている器に吐き出すか、飲んでもほんの少量を一口
だけで、あとは香りを確かめてグラスの中身を捨てるのだ。酔ってしまったら、もはや試飲の意味はない。どのワイン
も似たような味に感じられ、違いが判らなくなる。

醸造家の話を聞いたり、知人と意見を交わしてはグラスに鼻をつっこみ、ワインを口に含み、器に吐き出す。ワインの吐き出し方でプロと素人の見分けがつく。プロはほんの少量を「ピュッ」と勢いよく吐き出し、少し頭を傾けただけで正確に器に命中させる。まるで鉄砲魚である。僕を含む素人は器に顔を近づけるようにして、やや多めに口に含んだワインをジョボジョボと吐き出す。ややもすると涎が尾を引いたりして気恥ずかしいものだが、やむをえない。手の甲で口をぬぐって、次のワインを注いでもらいに行く。

(試飲会場全景。左奥の白い筒がワインを吐き出す容器。)



2003年産に関してVDPは非常に強気である。それは一部の醸造所の値上げに如実に現れている。その極端な例は
J.J.クリストッフェル醸造所だ。例えばユルツィガー・ヴュルツガルテンのシュペートレーゼが2002年産は9.80ユーロだ
ったのが、2003年産は2倍近い18.50ユーロである。醸造所の人に言わせると、

@2003年は猛暑で収穫がおよそ3割減った上、
A収穫時の糖度はアウスレーゼの基準値をクリアしており、また、
B従来の価格ではもともと採算がとれていなかった。

だから今回の値上げは必然的なものだ、ということだった。だが、それは建前であろう。本音は需要が供給を上回っ
ており、ドラスティックな値上げをしても売れると読んだのだ。ことにVDP加盟醸造所は海外で知名度が高く、生産量
の大半をイギリス、北米をはじめとする海外へ輸出している所もある。コストパフォーマンスにシビアな国内市場と長
年の固定客が頼りならば、値上げを思いとどまらざるをえなかったかもしれないが、一部著名醸造所ではそんな心配
は無用なのだ。



「昨年の猛暑の影響を受けたワインは、言ってみれば自然が我々にもたらした富ですな。」
VDPモーゼル・ザール・ルーヴァーの代表、フリッツ・ハーグ醸造所のオーナーであるヴィルヘルム・ハーグ氏は地元
紙にそう語っている。
「アメリカや日本の市場での2003年産への関心は相当なものです。」
昨年の収穫が始まるころからドイツのマスコミは1976, 1959, 1949,1921,1911年に匹敵する100年に一度の偉大な
生産年と謳いあげ、連日のようにどこそこの醸造所で達成された途方も無い果汁糖度−軒並み300エクスレ以上、そ
れも熟すのが遅いリースリングである−で湧いていた。ちなみに、果汁糖度により格付けされるドイツワインで最も基
準が高く生産量が少ないのはトロッケン・ベーレン・アウスレーゼだが、それですら150〜154エクスレが基準値だか
ら、軽くその2倍をクリアしたことになる。

ロバート・パーカーの雑誌The Wine Advocate Issue 143と144でドイツワインが取り上げらたことをきっかけに、リース
リングは数年前から世界的に追い風が吹いている。J.J.クリストッフェル醸造所を含むVDP加盟醸造所のワインが高
い評価を受けており、昨年の猛暑と記録的な果汁糖度は、強気の値上げに利用されたと言ってよいだろう。海外の
要因とともに、VDPファルツやナーエが畑の格付けを行い、そこで一級に評価した畑の生産量を50hl/ha以下に絞り
込んだ辛口−グローセス・ゲヴェクスあるいはエアステス・ゲヴェクスと名付けている−が軒並み15〜20ユーロ近い
価格を付けており、それに足並みを揃えようという意図も見え隠れしている。



思い切った値上げはまた、裏を返せばワインの仕上がりに対する自信の表れでもある。J.J.クリストッフェル醸造所
仕上がりは、悔しいことに今回試飲した醸造所の中でも最上の出来栄えの一つだった。がっしりとして濃厚で、酸味
も充分乗って香り高く複雑、飲み応えがある大きなワインだ。同様に成功している醸造所としては、エゴン・ミュラー
醸造所カルトホイザーホフ醸造所、J.J.プリュム醸造所があげられる。いずれも決してお買い得とはいえないが、
2003年産モーゼル・ザール・ルーヴァー最上のワインをリリースしていると言ってよいと思う。

これら4醸造所の完成度の高さには一歩及ばないながら、見事なワインを披露していたのはフォン・オテグラーフェン醸造所ベルト・ジモン=ヘレンベルク醸造所メンヒホフ醸造所、ミルツ醸造所、シュトゥデルト・プリュム醸造所ザンクト・ウルバンスホーフ醸造所、Dr.ヴァインス・プリュム醸造所である。フォン・オテグラーフェン醸造所にとって2003年産はケラーマイスターのシュテファン・クラムル氏最後のビンテージとなってしまったが、凝縮感と透明感のある綺麗な果実味が見事だった。クラムル氏の後任には、モーゼル下流のルベンティウス醸造所のオーナー兼醸造主任である、アンドレアス・バート氏が自分の醸造所と兼任で担当することになる。法学部を卒業して醸造所を始めたという変り種のバート氏であるが、1994年に荒廃した葡萄畑と醸造所を買い取ってわずか4年目でトップ醸造所の一つにまで食い込んだことからも、ワインにかける意気込みと実力は確かである。ルベンティウス醸造所は平均収穫量わずか34hl/ha、ワインも個性的だ。2004年産のフォン・オテグラーフェン醸造所が楽しみである。
(左の2人はラインホールト・ハールト醸造のハールト親子。2003年はどちらかといえば暑さがネガティブに影響しているように感じられたが....。)

ベルト・ジモン=ヘレンベルク醸造所は甘口しか試飲していないが、複雑で奥行きのある甘いアロマ、果実味が非常
に魅力的だ。ミルツ醸造所は2003年らしい完熟したアロマと酸の低さが感じられるけれど、素直に楽しめる。シュトゥ
デルト・プリュム醸造所はたっぷりとした果実味に気品と調和が感じられ、今回はじめて魅力的に感じた。Dr.ヴァイン
ス・プリュム醸造所も甘口のみの出品だったが、どれも濃厚でアロマティック。成功していると思う。

反面、今回の試飲会では期待はずれだったのゲルツ・ツィリケン醸造所フリッツ・ハーグ醸造所Dr.ローゼン醸造
。ツィリケン醸造所は酸が不足しているのか果実味がぼやけていた。フリッツ・ハーグ醸造所はカビネット以下はあ
っさりしすぎている。Dr.ローゼン醸造所の2003 Dr. Loosen Blauschiefer Riesling Qualitaetswein trockenと2003
Uerziger Wuerzgarten "Alte Reben" Riesling Qualitaetswein trockenも同様に、軽くさっぱりとして味気ない。今の
ところは避けた方がいいと思う。半年前後すると、幾分しっかりしてくるのかもしれない。



2003年産は個人的な印象では辛口にとって特に難しい年だったようだ。収穫時に低かった酸度が発酵を経てさらに
低くなっているのか、ボディの引き締まりに欠ける一方でミネラルの苦味が目立つと感じるものが多い。辛口、中辛
口なら2002年産を選ぶのが無難だ。甘口は典型的なモーゼルとは言えないが、完熟したリンゴなどのヒントのある
香り高いワインが多く、既に楽しめる。しかしアイスワイン、トロッケンベーレンアウスレーゼ以外は長期熟成に向くか
どうか疑問である。



2003年は色々な意味で例外的なビンテージであるといえる。果汁糖度の高さ、酸度の低さ、果実味の個性も例年と
一味も二味も異なるが、ある造り手によれば、恵まれた畑とそうでない畑の差が小さく、収穫量を抑えたワインとそう
でないワインの差も小さい年だったという。その意味で、著名醸造所の著名な畑にこだわる必要の少ない年であるの
かもしれない。モーゼル・ザール・ルーヴァーに関しての僕の結論は以下の通り。

1.辛口、中辛口は2003年を避けて2002年を買うべし。
  どうしてもというなら、試飲してからにすること。

2.甘口の2003年は有名・無名の差が少ない。
  無理して値上がりした高価なワインを買う必要はない。

3.とはいえ、中には他をもって換え難い大きなワインを造った醸造所もある。
  高いが、それだけ価値はあるだろう。

以上、ご参考になれば幸いです。
(右はカルトホイザーホフのクリストフ・ティレル氏。
ワインの出来もあってか上機嫌。)

(2004年6月)

 



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