フォン・シューベルト醸造所は集落から少し離れたところにあ
り、さながら森に囲まれた古城の趣がある。石造りの建物のあ
ちこちには鮮やかに紅葉したツタが絡みつき、秋の深まりつつ
あることを示していた。醸造所の正面に広がるアプツベルクの
畑の上方では収穫と思しき作業を行っていたが、それにしては
醸造設備のある一角は落ち着いていて、一年のクライマックス
に相応しい活気の無いことが奇妙に思われた。

約束の時間よりも早く着いたので、グリュンハウスの葡萄畑に
沿って散歩していると、緑色をした一台のバンが僕達を追い越
して行った。その車は10mほど先で停まり、思い返したように
バックして戻って来た。運転席に座っていたのは、醸造所のオ
ーナーであるフォン・シューベルト氏だった。
「やぁ、ずいぶん早く来たな、君達。」
「ええ、すこし間が空いたので、葡萄畑を散歩させていただこう
と思っていたところです。」
「丁度いい。私もこれから畑へいくところだ。よかったら、一緒に
乗って行くかね?案内しよう。」
僕達はお言葉に甘えることにした。何年も使い込んだ機能本
位のシンプルなバンのハンドルを握り、時々シフトを勢いよく切
り換えながら、彼はあちこちを指差して説明してくれた。



(森に囲まれているシューベルト醸造所。手前の葡萄畑は勿
論、周囲の森と牧草地もシューベルト家の所有。)

「今の時期になると、葡萄を食べにイノシシが来るんだよ。だから畑の周りに針金で作った柵を張り巡らせている。ほ
ら、あそこに地面が掘り返されたような所があるだろう?イノシシが柵と格闘した跡だ。目と鼻の先に美味しそうな葡
萄があるのに、食べられないので苛立った様子が目に浮かぶよ。」
「シューベルトさんの醸造所では、そのイノシシで作ったサラミを売ってますよね。」
「サラミだけじゃないよ。ハムも作っている。ウチの力強いリースリングによく合うよ。」彼はそう言って笑った。ちなみ
に、狩猟はルーヴァーにある醸造所のオーナーたち共通の趣味である。カルトホイザーホフのティレル氏、カールスミ
ューレのガイベン氏も狩猟をたしなむ。近郊の森は野生の動物達の格好の住みかなのだ。

葡萄畑の入り口には踏み切りにあるような遮断機があり、その手前の門には鍵がかかっていた。
「収穫前だから、立ち入り禁止なんですね。」
「いや、昔は閉山法という法律があって収穫前の一定期間は葡萄畑が立ち入り禁止になったが、今は廃止されてい
る。これはまぁ、イノシシ対策の延長といったところかな。葡萄を狙うのはイノシシばかりとは限らないから。」
門をあけて車を乗り入れ、黄色く染まり始めた一面の葡萄畑のただなかを、斜面の上の方へと向かった。
「あそこに小屋が見えるだろう?」彼は斜面の一番下の道路わきにある小屋を指差した。「あそこを境に土壌が変わ
るんだ。西側は赤いシーファーが主体の深い土壌で保水性がいい。東側には青黒いシーファーが主体の水はけのい
い土壌が広がっている。前者がヘレンベルクで後者がアプツベルクだ。」
「アプツベルクの方がいい畑と聞いていますが?」
「一概には言えないな。例えば去年みたいに
乾燥した年には、保水性のいいヘレンベルク
のほうが恵まれた条件になるし、今年みたい
に雨がちで寒い年には、黒味を帯びたシーフ
ァーの方が熱を保つし水はけがいいから、ア
プツベルクが良い条件の畑になる。しかし、見
てごらん。」車を止めると、目の前になだらか
にうねる葡萄畑が広がっていた。「葡萄畑は
水面の様に平らではなく、場所によって様々
に傾斜や向きが違うんだ。見た目にはその違
いは微妙かもしれないが、ワインの味わいに
は決して少なからぬ影響を与えるんだよ。そ
の違いを生かすように葡萄を栽培して醸造す
るのが我々の仕事だ。」

(アプツベルクからヘレンベルクを見渡す。な
だらかな起伏のひとつひとつが、味わいに違
いをもたらすのだ。)



車が葡萄畑の頂上近くに差し掛かると、畑で作業をしている人々の声が聞こえてきた。
「もう収穫を始めているんですね。」
「いや、これは収穫じゃなく、余計な葡萄の葉を取り除くことで通気をよくして、病気や黴が広がるのを防いでいるん
だ。醸造方針を決める為に試験的に収穫を行った区画もあるけど、ここは違う。」道理で醸造所が静かだった訳だ。
「いつから収穫本番かはまだはっきりとはいえないけれど、11月20日ころ
に収穫を終えるようにスケジュールを立てている。」車から降りて手近に
あった葡萄を一粒摘み取り、リフレクトメーターのガラスにこすりつけて筒
を覗き込んだ。
「90...92エクスレか。」
筒の奥には縦に目もりのついた円盤があり、青い影が糖度を示してい
た。90エクスレなら軽くアウスレーゼの基準をクリアしていることになる
が、房によって熟し具合にはばらつきがあり、平均するとまだ80エクスレ
前後だろうとのことだった。糖度の上昇だけではなく、酸度が下がるのを
待つ必要もある。しかし畑には黴のついて変色した粒があちこちに見受
けられた。

(リフレクトメーターを覗いたところ。右側の目盛りがエクスレ度を示す。)

「今年は2000年に似て難しい年になりそうですね。」
「いや、2000年よりもずっといいよ。」
「でも、痛んだ房が多いようですが....。」
「ボトリティスだよ。うまくいけば、貴腐ワインになる。今年はその点、大きなチャンスなんだよ。いずれにしても、選果
を緻密にやる必要はあるがね。」

本番の収穫では葡萄の木一列につき両側から一人づつ、一人が健全な房のみを、もう一人が痛みのある房から痛
んだ部分を取り除きながら収穫する。それを区画別、状態別に分けてコンテナに集め、個別に圧搾するのだ。圧搾も
果実の状態に応じて対応を変える。腐敗による痛みが多い場合は破砕を行わない。逆に健全な場合は破砕後果汁
に果肉・果皮を浸してアロマを抽出する。
二台ある圧搾装置のうち一台と、破砕装置もこの
秋に導入したピカピカの新品だ。新しい圧搾装置の
導入にあたっては、フォークリフトで収穫の入ったコ
ンテナを持ち上げ投入する際、投入口の位置が高
すぎるため、醸造所の天井を一部切り取った。破砕
装置も房へのダメージが少ないという最新式に切り
替えた。どちらも今年6月から先代のハインリヒ氏
の後任としてケラーマイスターを勤めているシュテフ
ァン・クラムル氏の指示による設備投資だ。



(手前が新しく購入した圧搾機。上部の漏斗状に開
いた口から収穫を投入する。撮影は収穫開始後の
10月29日)



ザールにあるフォン・オテグラーフェン醸造所でもオーナーから頼りにされていたクラムル氏が、どうしてフォン・シュー
ベルト醸造所に突然移籍したのか聞いてみところ、人材仲介業者が引き抜いて来たそうだ。
「ヘッドハンティングですね。」
「それはちょっと人聞きが悪いな。」シューベルト氏は苦笑した。「ワイン農業専門誌にも求人広告を出したんだよ。多
数の応募があったが、これは、という人材がいなかったんだ。ガイゼンハイムなど醸造専門学校の卒業生も応募して
きたけど、経験に乏しい者にウチのワイン造りの一切を任せることはリスクが大きすぎたし、かと言って誰かが名乗り
を上げるまで待つことも出来なかった。だから人材仲介業者に依頼したんだ。」その結果クラムル氏に白羽の矢が立
ち、交渉の結果移籍が決まった。まるでプロ野球かサッカー選手獲得のようだ。

そのクラムル氏は圧搾機の近くでスタッフとの打ち合わせに余念がなかった。目線をつかまえようにもつかまらず、こ
れから本格的に始まる収穫と醸造の段取りのことしか頭にない様子だった。
「彼のことを一言で言えば、完璧主義者ね。」
昨年秋にフォン・オテグラーフェン醸造所を訪問した際、ケーゲルさんが言っていたことを思い出した。任されたからに
は全力投球する。しかし仕事以外の雑用−接客応対を含めて−で邪魔されるのはまっぴらだ。出来れば醸造設備
にも部外者には足を踏み入れてもらいたくない。彼がそう思っているのが、その近寄り難い雰囲気からなんとなく伝
わってきた。



その後、タンクを清掃する騒音に満ちた地
下蔵を通り、奥まった一角にあるセラーで試
飲させて頂いた。2003年産を口に含みなが
ら、ガイドブックで言われているほど悪くは
ないな、と改めて思った。クラムル氏が手が
ける2004年産から、シューベルト醸造所の
ワインはどんな変貌を遂げるのだろうか。そ
れがフォン・シューベルト醸造所の復活とし
て注目を集めるだろうことは、若い醸造主任
の気合と才能からしてもほぼ間違いないよ
うに思われた。





(オーナーのDr. カール・フェルディナンド・フ
ォン・シューベルト氏。セラーの最も奥まった
所にシャッツカマー−貴酒の蔵−があり、
1895年産が最古酒だそうだ。)


(2004年11月)

以前の訪問記:2004/5, 2003/10, 2003/6, 2002/2, 1999/8


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Maximin Gruenhaus
D 54318 Mertesdorf/Ruwer

Tel. +49(651)51 11
Fax. +49(651)5 21 22
Email: info@vonSchubert.com
HP: www.vonSchubert.com

訪問可能時間:月〜金 8:00-12:00, 13:00-
16:30, 土 9:00-12:00 要予約(電話での予約
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