数週間続く肌寒い曇り空の下、僕達はルー
ヴァーのカルトホイザーホフ醸造所を訪れた。

バス通りを逸れて小道に入ると、左手にカル
トホイザーホーフベルクの葡萄畑の斜面が広
がっている。10月も半ばを過ぎたというのに
畑には人影も無く、醸造所の敷地に入ると設
備を修理しているらしい槌の音がどこからか
聞こえるだけで、しんと静まり返っていた。



(葡萄畑の斜面から醸造所を見下ろす。)

予約の時間より早く着いたので、葡萄畑を見に行った。
山の頂まで葡萄の列が続き、畝の間には所々牛糞混じりの麦わらが敷いてある。近寄って葡萄をよく見ると、およそ1〜2割前後の房に灰色黴がついて、果実の一部が褐色に変色していた。この黴−ボトリティス・シネレア−は、完熟した葡萄につけば貴腐をもたらすが、未熟な房についたら腐敗となる。熱心な造り手は収穫本番の数日前にフォアレーゼVorleseを行い、痛んだ房を取り除く。そして本番でも黴がついた房と健全な房を選り分けて収穫し、別々に醸造に用いる。冷夏で雨が多かった今年は、どれだけ厳密にこの選別作業を行うかで、ワインの出来栄えに少なからぬ差が出ることだろう。


(ボトリティスのついた房。充分に糖度が上がった状態ならば貴腐ワインに用いることが出来るが、いずれにしても選別して収穫する必要がある。)



時間が来たので母屋の呼び鈴を押す。中から出てきた女性は、
オーナーのティレル氏はまだ来ていないという。代わりにケラー
マイスターのルートヴィヒ・ブライリング氏が相手をすることにな
り、僕達は試飲室へ通された。100年以上変わっていないので
はないかと思われる調度の部屋の大半を、ビリヤード台でもあ
る机を占め、片隅に陶製の暖炉があり、壁一面をタイルに青い
色彩で描かれた風景画が埋め尽くしている。しばらくしてブライ
リング氏が、続いてスウェーデンから来たという家族連れの訪
問客が現れ、試飲室は賑やかになった。

「何か試飲に希望は?」と言うので、辛口から甘口までいくつかお願いした。頷いて一度消えたブライリング氏は、す
ぐに数本のワインを手に戻ってきた。そして、少しせかせるような速さで試飲が始まった。僕が香りを嗅いでいる間
に、既に次のワインが注ぎ始められている。あわてて口に含んで容器に吐き出し、空にしたグラスを差し出す。テーブ
ルに一度並んだボトルがあっという間に持ち去られ、再び別のボトルが並び、試飲が続いた。

本当ならば、僕達が訪れたその日から収穫を始める予定だったのだが、ここ2週間ほど続いた寒く雨がちな天候で酸
度が充分に下がらず、予定を繰り下げたそうだ。いつから収穫を始めるつもりか聞くと、ブライリング氏は「さぁ?これ
ばっかりは、お天気次第だからね。」と肩をすくめた。



彼がカルトホイザーホフ醸造所で働き始めたのは1966年、21歳の時だ。今年60歳を迎え、勤続38年を数える。
「その間、いろんな事があったよ。」わかるだろう、と彼の目が語っていた。

その中で恐らく最も重大だった出来事は、彼が1984年にケラーマイスターになる契機ともなった、先代オーナーの違
法補糖事件だろう。1967年から1981年まで、現オーナーの父であるヴェルナー・ティレル氏は、ドイツワイン生産者
団体の代表だった。ワイン業界の大立者として彼が立法に関与した1971年ドイツワイン法では、いわゆる肩書き付き
ワイン−QmPと略して呼ばれる−への補糖を禁止している。だが、自ら立法に関与したにもかかわらず、補糖したワ
インをQmPとしてリリースしたことが1984年に明らかとなり、醸造所はもとよりモーゼル・ザール・ルーヴァーのワイン
全体の信用失墜を招いた。念のため補足すると、1985年に発覚したオーストリア産甘口ワインへのジエチレングリコ
ール添加事件とは異なり、カルトホイザーホフ醸造所が行ったのは糖分の肩書き付きワインへの添加であり、肩書き
付きワインとしてではなく原産地呼称ワイン−QbAと略して呼ばれる−としてリリースしたならば、違法でもなんでもな
かったはずなのである。さらに補足するならば、ここで言う補糖とは甘みをつける操作ではなく、アルコール発酵中に
糖分を補ってアルコール度を高める為のもので、いわゆるシャプタリゼーションである。

この一件でヴェルナー・ティレル氏は引退し、1984年にトリアーで刑事訴訟専門弁護士として活躍していた息子のクリストフ・ティレルが醸造所の経営に参画、同時にブライリング氏がケラーマイスターに就任した。そうしてブライリング氏とクリストフ・ティレル氏との二人三脚が始まった。しかし一度失墜した信用を回復するのは容易なことではなく、1960, 70年代の栄光を取り戻すには、時間とともに傍観者には想像もつかない辛苦を経ることが必要だった。

「今が一番いい時だよ。」
ブライリング氏は感慨深げに呟いた。確かに2001,2002,そして2003年と、この醸造所のワインは年を経る毎に向上している。2002年もしっかりとしたボディに酸味とミネラルが刻み込まれた様に見事なワインだったが、2003年は猛暑で完熟した葡萄のアロマが加わり、一層の磨きがかかったような印象だ。9月に行われたVDPの競売会で、オークショニアのクーノウ氏はカルトホイザーホフ醸造所のワインが競りにかかる際、ブライリング氏がその日60歳の誕生日を迎えたことを舞台の上から伝えると、会場から拍手が沸き起こった。いつもティレル氏の脇役にまわっている印象のある彼が、その時は主役として席を立ち上がり、満面の笑顔で観衆に応えていた。

(左がケラーマイスターのルートヴィヒ・ブライリング氏。右がオーナーのクリストフ・ティレル氏。)



1335年にシャルトリューズ修道会−ドイツ語でカルトホイザー−がトリアー大司教バルドウィンから寄進を受けたの
が、この醸造所の始まりである。ナポレオン政権による聖界所領解体で1811年にティレル家の祖先であるラウテン
シュトラウフ家の手に渡り、現オーナーのクリストフ・ティレル氏で6代目にあたる。

発酵は1980年代末からステンレスタンクで行われており、自然酵母と培養酵母の両方を用いるが、どのタイミングで
どの培養酵母を投入するかは、ブライリング氏の長年の経験に培われたフィーリングで決めるという。「お腹の感じが
教えてくれるんだよ。」そう言って彼は笑っていた。



○試飲メモ
- 畑は全て醸造所の単独所有であるアイテルスバッハー・カルトホイザーホーフベルク

1. 2002 リースリング QbA 辛口
しっかりしたミネラル、繊細な酸味 84

2. 2003 ヴァイスブルグンダー QbA 辛口
2003年らしくややアルコール感が強く、ボリュームのあるボデ
ィ。83

3. 2002 リースリング シュペートレーゼ 辛口
オレンジのヒント、たっぷりした口当たり。85

4. 2003 リースリング シュペートレーゼ 辛口
しっかりしたミネラル、濃い目のフルーツ感。86

5. 2003 リースリング アウスレーゼ 辛口
充実したボディ、がっしりしたストラクチャ。87

6. 2002 リースリング QbA 中辛口
ほんのり熟成を始めた印象。オレンジのヒント、繊細な調和。84

7. 2002 リースリング カビネット 中辛口
オレンジのヒント、繊細な調和が後味まで続く。86

8. 2003 リースリング シュペートレーゼ 中辛口
滑らかな舌触り、オレンジのヒント、魅惑的なフルーツ感。87

9. 2002 リースリング カビネット
繊細なフルーツとミネラルの調和。ケラーマイスターのお気に入り。85

10. 2002 リースリング シュペートレーゼ
アロマティック、オレンジのヒント、ミネラルの旨味。85

11. 2003 リースリング シュペートレーゼ
奥行きのあるボディ、アロマティック、オレンジのヒント、長いアフタ。88

12. 2002 リースリング アウスレーゼ
濃厚で複雑な果実味、繊細かつ上品なミネラル。89

13. 2003 リースリング アウスレーゼ
極めて上品な甘み、濃厚かつ軽やか。90

14. 2003 リースリング アウスレーゼ Nr. 18
Nr. 18はその年18回目の圧搾から仕立てたワインを意味する。滑らかで純粋な甘みに白桃のヒント、軽やか、複雑、
上品。93


(2004年10月)

Weingut Karthaeuserhof
D 54292 Trier-Eitelsbach/Ruwer

Tel. +49(651)5121
Fax. +49(651)53557
Email: mail@Karthaeuserhof.com
HP: www.Karthaeuserhof.com

訪問可能時間:月〜金 8:00-12:00, 13:00-17:00 
週末は要予約




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