「何か試飲に希望は?」と言うので、辛口から甘口までいくつかお願いした。頷いて一度消えたブライリング氏は、す
ぐに数本のワインを手に戻ってきた。そして、少しせかせるような速さで試飲が始まった。僕が香りを嗅いでいる間 に、既に次のワインが注ぎ始められている。あわてて口に含んで容器に吐き出し、空にしたグラスを差し出す。テーブ ルに一度並んだボトルがあっという間に持ち去られ、再び別のボトルが並び、試飲が続いた。
本当ならば、僕達が訪れたその日から収穫を始める予定だったのだが、ここ2週間ほど続いた寒く雨がちな天候で酸
度が充分に下がらず、予定を繰り下げたそうだ。いつから収穫を始めるつもりか聞くと、ブライリング氏は「さぁ?これ ばっかりは、お天気次第だからね。」と肩をすくめた。
彼がカルトホイザーホフ醸造所で働き始めたのは1966年、21歳の時だ。今年60歳を迎え、勤続38年を数える。
「その間、いろんな事があったよ。」わかるだろう、と彼の目が語っていた。
その中で恐らく最も重大だった出来事は、彼が1984年にケラーマイスターになる契機ともなった、先代オーナーの違
法補糖事件だろう。1967年から1981年まで、現オーナーの父であるヴェルナー・ティレル氏は、ドイツワイン生産者 団体の代表だった。ワイン業界の大立者として彼が立法に関与した1971年ドイツワイン法では、いわゆる肩書き付き ワイン−QmPと略して呼ばれる−への補糖を禁止している。だが、自ら立法に関与したにもかかわらず、補糖したワ インをQmPとしてリリースしたことが1984年に明らかとなり、醸造所はもとよりモーゼル・ザール・ルーヴァーのワイン 全体の信用失墜を招いた。念のため補足すると、1985年に発覚したオーストリア産甘口ワインへのジエチレングリコ ール添加事件とは異なり、カルトホイザーホフ醸造所が行ったのは糖分の肩書き付きワインへの添加であり、肩書き 付きワインとしてではなく原産地呼称ワイン−QbAと略して呼ばれる−としてリリースしたならば、違法でもなんでもな かったはずなのである。さらに補足するならば、ここで言う補糖とは甘みをつける操作ではなく、アルコール発酵中に 糖分を補ってアルコール度を高める為のもので、いわゆるシャプタリゼーションである。
1335年にシャルトリューズ修道会−ドイツ語でカルトホイザー−がトリアー大司教バルドウィンから寄進を受けたの
が、この醸造所の始まりである。ナポレオン政権による聖界所領解体で1811年にティレル家の祖先であるラウテン シュトラウフ家の手に渡り、現オーナーのクリストフ・ティレル氏で6代目にあたる。
発酵は1980年代末からステンレスタンクで行われており、自然酵母と培養酵母の両方を用いるが、どのタイミングで
どの培養酵母を投入するかは、ブライリング氏の長年の経験に培われたフィーリングで決めるという。「お腹の感じが 教えてくれるんだよ。」そう言って彼は笑っていた。
○試飲メモ
- 畑は全て醸造所の単独所有であるアイテルスバッハー・カルトホイザーホーフベルク
6. 2002 リースリング QbA 中辛口
ほんのり熟成を始めた印象。オレンジのヒント、繊細な調和。84
7. 2002 リースリング カビネット 中辛口
オレンジのヒント、繊細な調和が後味まで続く。86
8. 2003 リースリング シュペートレーゼ 中辛口
滑らかな舌触り、オレンジのヒント、魅惑的なフルーツ感。87
9. 2002 リースリング カビネット
繊細なフルーツとミネラルの調和。ケラーマイスターのお気に入り。85
10. 2002 リースリング シュペートレーゼ
アロマティック、オレンジのヒント、ミネラルの旨味。85
11. 2003 リースリング シュペートレーゼ
奥行きのあるボディ、アロマティック、オレンジのヒント、長いアフタ。88
12. 2002 リースリング アウスレーゼ
濃厚で複雑な果実味、繊細かつ上品なミネラル。89
13. 2003 リースリング アウスレーゼ
極めて上品な甘み、濃厚かつ軽やか。90
14. 2003 リースリング アウスレーゼ Nr. 18
Nr. 18はその年18回目の圧搾から仕立てたワインを意味する。滑らかで純粋な甘みに白桃のヒント、軽やか、複雑、
上品。93
(2004年10月)
|