翌日、僕達はモーゼル中流にあるヨゼフ・ロッシ醸造所へ向かった。
朝からの秋雨だったが、ライヴェン村の近くでは収穫作業者が暖をとる焚き火の煙が、平地に広がる葡萄畑の上に
たなびいていた。
「へぇ、こんな雨の中でも、収穫するんだ....。」
雨水で果汁が若干薄まろうがお構いなしか。雨合羽を着てぬかるむ斜面での作業は寒々しかった。



ヨゼフ・ロッシ醸造所はライヴェン村の住宅街の一角にあり、外観は普通の一軒屋とあまり変らない。見つけにくいの
である。猫の額のような駐車場に車を乗り入れると、増築して間もない試飲所からオーナーのヴェルナー・ロッシ氏が
笑顔で現れた。ここへ来るのは、今年これで二回目になる(前回の訪問記はこちら)。今回は英語が苦手だというロ
ッシ氏の為、友人の通訳の真似事をさせてもらうことになった。とは言うものの、実際来てみると彼はちゃんと英語が
出来る。僕のドイツ語よりも上手かった。

「英語、お上手じゃないですか。」
「いや、全然。」と謙遜するロッシ氏。
「またまた。それじゃ、外国からお客さんが来たときはどうされるんですか?」
「ドイツ語で説明するよ。」
「ドイツ語が出来ないお客さんだったら、どうするんですか。」
ロッシ氏はニヤリと笑った。
「ウチに来る人たちは、みんなドイツ語が出来るよ。だからこちらから外国語を話す必要は滅多にないんだ。」
ご冗談を、という僕の表情を見て取ってか、彼はさらに続けた。
「先日もフランスから来たけど、ドイツ語で会話したよ。」
「へぇ、フランスから。」
「アルザスの近くにいいレストランがあるんだ。ミシュランの三ツ星レストランや、ベルリンのホテル・アドロンに僕のワインが入っているのは知っているだろう?そこもそうしたお得意のひとつでね。そのレストランで僕のワインを気に入ってくれたそうだ。」
「というと、アルザスの人たちですか。」
「そう。」彼は頷いてニヤニヤ。
なんだ、それならドイツ語が出来ても不思議じゃない。ともあれ、その彼らは車でやってきて、4500ユーロというから60万円近く買い込んで行ったそうだ。また、スウェーデンやイタリアからも来るけれど、みんなドイツ語が出来るという。
(オーナーのヴェルナー・ロッシ氏。)

「色々な国からお客さんが来るんですねぇ。」
「うん。君達の後、今日は午後に3組来るよ。」
「それはまた、お忙しいですね!畑仕事はいつなさるんですか?」
「お客さんとお客さんの合間。」と笑った。「来てくれるお客さんが買ってくれるワインで生計を立てているようなものだ
ね。」
お客さんと言っても、個人客ばかりではない。レストラン関係者や輸入業者もお客さんである。ヨゼフ・ロッシ醸造所は
代表的なドイツワインガイドでの評価も良く、様々なメディアが主催するワインコンテストでも常に上位に食い込んでい
ることもあり、遠方からの訪問客も多い。お客さんが来ると、試飲しながらの世間話やワインの話でたっぷり2時間は
かかる。好奇心いっぱいの彼らをもてなすのも楽な仕事ではない。しかしその甲斐あって2003年産もリリースから半
年で75%が売り切れたという。また、売り上げの6割をレストランへの販売が占めるのも、この醸造所の特徴である。

「でも、団体は断っているんだ。この間もスウェーデンから訪問したいという申し込みがあったけど断ったよ。」
「へぇ、勿体無いですね。ワインが売れたかもしれないじゃないですか。」
「どうかなぁ。団体で来ると、買わないお客さんの方が多いし、試飲に出すワインも半端な量じゃすまないからなぁ。」
「有料で受け入れたらどうですか?」
彼はやはり首を横にふった。「団体客ではいい思い出が無いんだ。」
似たような話をツェルティンゲン村のゼルバッハ・オースター醸造所でも聞いた。こちらは団体でも10ユーロ6種類の
試飲つきで訪問を受け付けているが、僕達の訪れる少し前、子供連れの10人ほどの団体が訪れたそうだ。試飲が
始まってしばらくすると、子供達がむずかりだした。大人たちは子供達を自由にしたが、至るところを走り回るは泣き
出すはで、説明する方も聞く方もワインに集中するのが難しく散々だったという。造り手にとって顧客の訪問は第三者
の意見を聞く機会でもある。お互い言葉を交わし、表情を読み取ることで、彼らは自らの作品にたいする反応を知る。
ワインが売れればそれに越したことはないが、そうでなくても醸造所まで自ら足を運ぼうという人と試飲することは、
多かれ少なかれ彼らのモティベーションに繋がっているようだし、そうであってほしいと思う。



「よかったら、試飲もしていくかい?」すこし長めの雑談が途切れたところで、ロッシ氏が冗談めかして言った。
最初は2003年産の"J.R. ジュニア"がグラスに注がれた。軽く素直な果実感で、控えめながら快適な飲み口。ベルリ
ンのホテル・アドロンの宴会用ワインでもある。料理だけでなく会話の邪魔をしない、飲み口が綺麗で快適な中辛口
だ。が、綺麗すぎて7.50ユーロにしてはやや物足りない気がしないでもない。ちなみに、この醸造所の生産の約6割
は辛口もしくは中辛口である。

次の2003シュペートレーゼ・トロッケン "セレクションJ.R." は相対的に濃いめの素直なフルーツ感。ミネラルもしっか
りしている。クリームやバター系ソースを使った料理に合いそうだ。11.50ユーロはやや高めだが、高品質なことは確
か。☆☆

三種類目は2003トリッテンハイマー・アポテーケ "アルテ・レーベン" アウスレーゼ・中辛口。濃厚で滑らかなボディ、
非常にアロマティックで複雑。斜面の下の方の区画からの収穫。猛暑と乾燥の襲った2003年は、水分がたまりやす
い斜面の下の方が恵まれた条件だったという。アルコール度13.5%。例外的な年に出来た個性的なリースリング。
500mlで11ユーロはお買い得感がある。☆☆☆



辛口を終えた所で、僕たちは畑へ向かった。村の背後に広がるライヴェナー・クロスターガルテンの斜面を横切るよう
にして上がると、所々で収穫をしている人々がいた。10月半ば、リースリングの収穫はヨゼフ・ロッシも含め大半の醸
造所ではまだ始まっていなかった。
「こんな雨なのに、何故急いでいるんですかね。」と聞くと、ロッシ氏は「さあ?」という風に肩をすくめた。
かつて斜面の上にあった修道院跡に因んだ畑名であるクロスターガルテンからは、対岸のトリッテンハイマー・アポ
テーケ、ライヴェナー・ラウレンティウスライ、ケヴァリッヒャー・ラウレンティウスライ、そして遠くにクリュセラーター・ブ
リューダーシャフトが見えた。いずれの畑にもロッシ氏は区画を所有しており、醸造所全体で5.8haになる。そのうち最
も優れた自慢の畑がトリッテンハイマー・アポテーケである。

(モーゼル河の左側がライヴェナー・クロスターベルク。左奥の集落がライヴェン村で、その河向こうがトリッテンハイマー・フェルゼンコプフ、トリッテンハイマー・アポテーケ、ライヴェナー・ラウレンティウスライ。ずっと奥の河が左に曲がるあたりの右岸斜面がケヴァリッヒャー・ラウレンティウスライ、その先がクリュセラーター・ブルーダーシャフト。この斜面のトリッテンハイマー・アポテーケは近年アルターヒェンから呼称が変ったらしい。

右岸の台地上部のなだらかな斜面がトリッテンハイマー・アルターヒェン。写真では切れているが、そのさらに右、180度向きを変えたモーゼルの対岸に、本来のトリッテンハイマー・アポテーケがある。)

180度向きを変えるようにうねるモーゼル河にはさまれたトリッテンハイム村の背後には、東向きになだらかに傾斜し
た台地が広がっている。トリッテンハイマー・アルターヒェンだ。畑名は教会の祭壇−アルターAlter−に因んでおり、
昔教会の所領だったことを示している。その台地の西の外れは斜めに切り落とされたような急斜面になっており、そ
の一部がロッシ氏の所有するトリッテンハイマー・アポテーケである。隣の区画はクリュセラート・ヴァイラー醸造所
で、ここも見事なワインを造る。因みにアポテーケは薬屋を意味するが、もともとアプタイベルクあるいはアプツベルク
−修道院山、修道院長の畑−と呼ばれていたものが、いつの頃からか訛ってアポテーケと呼ばれるようになったらし
い。斜面の頂上には小さな教会があり、トリッテンハイム村から続く坂道には、キリストの磔刑に至る場面をモチーフ
にした祠が点々と連なっていた。

ロッシ氏の所有する区画はシーファーに混じった
有機肥料−牛舎に敷かれた麦わら−で黒ずんだ
色をしていた。痛んだ房はほとんど見当たらず、自
然な黄色に染まり始めている。その斜面の上下で
も葡萄の生育に差があるそうだ。一番上は風が強
く土壌が温まりにくい。一方、中腹から下のあたり
の区画からはとりわけ素晴らしい収穫が得られる
という。隣のクリュセラート・ヴァイラー醸造所の畑
はと見れば、こぶし大のシーファーが畑一面にご
ろごろしている。ほんの数メートルの差で、土壌の
様子がかなり違うことは驚きだった。




(雨に濡れたロッシ氏の畑のリースリング。)



彼のワインは100%リースリングである。葡萄の果皮に自然に付着している酵母だけで発酵させ、葡萄が畑から自然
に得たものだけでワインに仕立て、その畑の個性を表現する。畑から醸造所に戻って続けた試飲でも、それははっき
りと感じられた。

2003 ライヴェナー・クロスターガルテン、リースリング・カビネット。やや濃い目、調和のとれた柑橘、素直に美味し
い。6.30ユーロはお買い得。☆☆☆

2003 トリッテンハイマー・アポテーケ、リースリング・シュペートレーゼ。軽やかでピュアな果実の甘みがたっぷり、ア
フタにミネラルしっかり。10ユーロは妥当。クロスターガルテンは土壌に含まれるシーファーの割合が三割前後なのに
対して、アポテーケは4割から6割。それがミネラルのしっかり感とアフタの長さの違いとなって現れている。☆☆☆

1990 ライヴェナー・クロスターガルテン、リースリング・シュペートレーゼ。年相応に熟成香が前面に出ているが、味わいは酸とスティーリィなミネラルの引き締まった果実味で、生き生きとしている。黒字に銀で描かれた渋いラベル。ライヴェン村にロッシを名乗る醸造所は7軒あるが、当時彼の醸造所は『銀のロッシ』とラベルの意匠からついた渾名で呼ばれていたそうだ。非売品。☆☆☆

2003 トリッテンハイマー・アポテーケ、リースリング・アウスレーゼ。香り高く純粋な甘み。気品。ボトリティスのついていない健全な房をセレクションして醸造。11ユーロ(500ml)は値ごろ感がある。☆☆☆☆

2003 ライヴェナー・クロスターガルテン、リースリング・アウスレーゼ。香味のメモなし。この前のアポテーケの酸度7.4g/L、残糖84g/Lに対して、こちらは酸度8.5g/L, 残糖103g/L。恐らくより濃厚な甘みを感じた筈。14ユーロ/500ml。

2003 ライヴェナー・クロスターガルテン、リースリング・アイスヴァイン。軽くセメダインぽいエステル香の混じった華やかで繊細な香り、緻密で濃厚な甘みの塊。非常に完成度の高いアイスワイン。40ユーロ/375mlは妥当か、お買い得と言ってもいい。モーゼルの2003年産アイスワインの中でも特にお勧め出来る。☆☆☆☆☆



『私達のワインを楽しんで頂きたく存じます。私達のワインはお客様を楽しませ、リラックスさせるものであるべきだと
考えています。そこにはまた、文字通り「お買い得」であることも含まれています。』

醸造所のプライスリストの冒頭、顧客にあてたメッセージにはそう書かれている。大半のワインは他の醸造所と比較
してもコストパフォーマンスは決してひけをとらない。機会があったら、以下のワインを是非試してみて欲しい。

☆☆個人的おすすめ☆☆
2003 トリッテンハイマー・アポテーケ、リースリング・アウスレーゼ中辛口 (11.00ユーロ/500ml)
    Trittenheimer Aptheke, Riesling Auslese feinherb
2003 ライヴェナー・クロスターガルテン、リースリング・カビネット (6.30ユーロ/750ml)
  Leiwener Klostergarten, Riesling Kabinett
2003 トリッテンハイマー・アポテーケ、リースリング・アウスレーゼ (11.00ユーロ/500ml)
  Trittenheimer Apothke, Riesling Auslese
2003 ライヴェナー・クロスターガルテン、リースリング・アイスヴァイン (40.00ユーロ/375ml)
  Leiwener Klostergarten, Riesling Eiswein

(2004年12月)

Weingut Josef Rosch
Muehlenstrasse 8
54340 Leiwen/Mosel
Tel. +49(6507)4230
Fax. +49(6507)8287
Email: weingut-josef-rosch@t-
online.de

訪問には事前の予約が必要です。
日本では今のところ東京の入船屋酒店が
単独輸入しています。





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