10月中旬、午前中から続く小雨は時折思い出したように鉛色の空から落ちてきては、醸造所の前を流れる河を増水
させていた。ここは今年の8月に訪れて以来2度目の訪問になる(前回の訪問記はこちら)。モーゼルを訪れる予定 の方にお勧めの醸造所としてお伝えしたら、成り行きでご一緒させて頂けることになったのだ。
1. 収穫作業と外国人労働者
醸造所では昨日ミュラートゥルガウの収穫を終え、リースリングの収穫を数日後に控えているところだった。
この醸造所でも他の大半の醸造所と同様、ポーランドをはじめとする東欧からの出稼ぎ労働者を雇っている。葡萄に
限らず、手作業を必要とするシュパーゲル、苺などの収穫作業にも彼らは欠かす事の出来ない戦力である。母国で はタクシーの運転手や店員などの仕事をしているが、一ヶ月の『休暇』をとってドイツへ来る。時給は5ユーロ強だから 650円位だ。週に7日、一日8時間の農作業は決して楽なものではない。しかし、そうして得られた1000ユーロを超え る収入は、母国では月収のほぼ2倍から4倍にあたる。本業を休んでも働きに来る甲斐があるというものだ。2003年 に東欧からドイツへ収穫作業の出稼ぎに来た人々は、およそ24万人にのぼった。
とはいえ、誰でも醸造所へ来れば雇ってもらえる訳ではない。臨時作業者を雇う場合、雇用者は所管の労働局にそ
の年の6月までに届出なければならないのだ。しかし届出ても100%外国人労働者だけで収穫作業を行うことは許さ れない。400万人を超える失業者削減の為、人員の一部にドイツ人失業者を雇うように指導されるからだ。だが、醸 造所の間でドイツ人失業者の評判は芳しくない。
「去年も一人、労働局から斡旋のあった地元ピースポート村の失業者と雇用契約を結んだんだよ。彼は歩いても通え
る距離に住んでいたし、やる気があるように見えたのだが。」醸造所オーナーのヒューゴ・シュヴァング氏はそこで小 さくため息をついた。「でも、収穫の前日になって病気になったから働けないと電話してきよった。猫の手も借りたいく らい忙しいのに。」
どこの醸造所でも似たような話を聞く。初日だけ現れて翌日から来ない。続いてもせいぜい3日で、それからは風邪
を引いたとか膝を痛めたとかなんとか理由をつけて来なくなる。急斜面の仕事なのにサンダル履きで来た。朝が苦手 で時間通り来ないなど、枚挙に暇が無い。対照的に、東欧からの出稼ぎ労働者は仕事熱心なことで定評がある。良 心的で時間に融通が利き、指示に忠実で仕事も確実。多くの醸造所では毎年同じ人々を東欧から呼び寄せており、 信頼も厚い。
一方、ドイツ人失業者の評判が良くないのにも理由がある。彼らは定期的に労働局へ赴き、仕事の斡旋を受けてい
る。しかし半年以上何も仕事をしないでいると失業保険が降りなくなる。だから一応、収穫作業に赴くことにするの だ。しかし時給5ユーロはドイツ人の基準からするとあまりにも安い。たとえ一ヶ月熱心に働いて1000ユーロ(約13万 円)を稼いだとしても、収穫が終われば再び失業者へ戻ってしまう。安定した働き口を求めている彼らにとって、それ が働く意欲を失わせている最大の理由だ。また、収穫作業で稼いだぶんは失業保険の支給額から差し引かれるの で、国としては助かるが失業者にとっては働き甲斐が無いのである。
そうは言っても、政府にとって失業率の低減は最大の課題のひとつである。外国人よりまずドイツ人を仕事につける
べきだという主張もあり、労働局は仕事の斡旋・雇用指導だけでなく、不法就労者の取り締まりも行っている。正式 な届出のない外国人労働者−シュヴァルツアルバイターと呼ばれる−を使っていることがバレると、罰金だけでなく 頻繁に査察を受けることになる。それは決して快いものではない。
外国人労働者の他に信頼できる収穫作業者は、近隣の村落の主婦達である。もっとも、彼女達は届出のあった醸造
所でしか働くことを許されていない。だから仮に手が空いている主婦がいても、他の醸造所で届出が出されていると 雇えない。従って、例えば約束していたドイツ人失業者が現れなかったり、急速に葡萄の痛みが広がり急ピッチで収 穫を行う必要が生じたりしても、労働局の目が光っている限り簡単には増員出来ないのだ。
2. 伝統と新しい技術
「こうやかましくなったのは、現政権になってからだよ。だからわしは赤緑連立政権(社会民主党のシンボルカラーで
ある赤と緑の党/連帯'90を象徴する緑)は嫌いだ。」とシュヴァング氏。
人手不足を解消するもう一つの手段は機械による収穫である。息子のマリオ氏は父親に導入を提案したが、頑とし
て拒まれた。
「葡萄ジュース用の、ワインほど気を使わなくてもいい畑の収穫に使おうって言ったんですよ。」
ガイゼンハイムで醸造学を専攻し、経営学と最新の醸造栽培技術を学んでいるているマリオ氏にとって、効率化の為
に収穫マシンを取り入れることに抵抗は無い。だが、父親の意見では手作業による収穫は品質に欠かすことが出来 ない。たとえそれが葡萄ジュースであっても、妥協は許さない。40年以上ワイン造り一筋に生きてきた男の意地であ る。
しかし、昔ながらのやり方に単にこだわっている訳ではない。耕地整理の際に棒仕立て−杭一本に葡萄の木一本を
添える伝統的な仕立方−から、針金に沿って一列に植える仕立て方に転換した。こうすることで葉が面で構成される ため効率的に光合成を行うことができ、収穫時の糖度は棒仕立てより5エクスレ前後高くなる。また、2001年から醸 造設備に冷却タンクを導入し、低温で発酵・貯蔵することでフルーティなアロマと微細な炭酸を残すようにした。伝統 的な味わいを大切にしながらも、品質の向上に役立つことはきちんと取り入れているのだ。
3. 父と子・師匠と弟子
(2004年12月)
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