3月下旬。待ちわびた春がようやく訪れ、剪定されたばかりの葡萄の枝の切り口から
滴る樹液が陽光に輝いていた。モーゼル河の支流ルーヴァー川に沿って車で遡ること
およそ10分で、フォン・シューベルト醸造所のあるメルテスドルフ村に着く。ナポレオン
政権により世俗化されるまでは、トリアーの聖マキシミン修道院の所有であったことか
らマキシミン・グリュンホイザーと呼ばれる醸造所の敷地は、まるで中世の城のように
城壁と城門で囲まれている。凹凸を描く城壁の上に点々と花の植えられた鉢が置か
れ、オーナーの家族の住むマリア像がしつらえられた館の玄関には、復活祭を祝う色
とりどりの卵が飾られて、その手入れの行き届いた様子が醸造所の堅実な運営を示
していた。



昨2004年、醸造所は大きな転機を迎えた。6月にケラーマイスターがアルフォンス・ハインリヒ氏から、若手のシュテ
ファン・クラムル氏に交代したのである。
「アルフォンスは私が生まれた三ヵ月後に祖母に採用されたからね。彼の権威には誰も逆らえなかった。」
シューベルト氏はそう振り返る。

2000年産以来意見の相違こそあるものの、醸造所のワインの質にはばらつきが見られ、凋落がささやかれていた。しかしフォン・シューベルト氏には、1990年代に至るまで50年近く醸造所の名声を守り続けてきたハインリヒ氏を、容易に退職させる事は出来なかった。「彼の後継者を何年も探していたのだが、なかなか見つからなくてね。人材斡旋業者に依頼して、ようやくクラムル氏の獲得に成功したという訳だよ。彼の起用は醸造所にとって非常に重要だったし、同時に正解だった。」新任ケラーマイスターの造ったワインを試飲しながら、そう言って彼は満足そうに頷いた。

そのクラムル氏は非常に仕事熱心である。集中している様子が傍目にも伝わってくるので、容易には声をかけづらい。今回も彼がタンクから澱をくみ出す作業をしている所に出会ったのだが、東洋人がケラーの中をぞろぞろ歩けば大抵の作業者は好奇の目をむける。しかし彼は脇を通る我々に目線ひとつ向けようとせず、同僚と黙々と働いていた。




(春のフォン・シューベルト醸造所と葡萄畑)
彼が伝統ある醸造所に新風を吹き込んだことは間違
いない。かつては「果汁の適度な酸化を促すため」意
図的に用いていたという旧式の水平圧搾機を廃止、収
穫に与えるダメージの少ない最新式の圧搾機を導入
した。圧搾前に葡萄を破砕するミルも新型に交換、ここ
でもダメージを軽減するとともに、状態に応じて破砕を
行わずに圧搾する『全房圧搾 Ganztraubenpresse』も
採用した。このように新たな装置と技術を導入する一
方で、発酵は自然酵母にこだわっている。「酵母はテ
ロワールとワインを結びつける楔なんだよ」とフォン・シ
ューベルト氏は言っている。畑が葡萄に与えたものを、
出来る限り傷つけずに圧搾し樽に移し、葡萄本来の酵
母で自然にワインに仕立てることで、果汁が本来持っ
ていたパワーをそのままボトルに封じ込める。新しいワ
イン造りにはそうした一貫したコンセプトが見て取れ
る。

(樽から試験的に瓶詰めされた2004年産新酒のサンプル。)

若手ケラーマイスターの新たな理念と情熱は、2004年産のワインに如実に現れていた。ゆっくりと熟した生産年の特
徴を示すしなやかな酸味が、奥行きのある濃厚な果実味を引き締め、シルキーな舌触りのボディが流れたあとには
完熟した柑橘香が口蓋に綺麗な広がりのある余韻を残す。見事な出来栄えだ。それを試飲した後に2003年に戻る
と、確かにアプリコットやミネラルのヒントがあるたっぷりとした口当たりで充分に楽しめ、畑のポテンシャルと個性は
感じられるものの、酸が低めの2003年という生産年の特徴を考慮しても、いまひとつ緻密さに欠ける感が拭えない。

2004年産がフォン・シューベルト醸造所にとって飛躍へ向けたひとつの契機となるこ
とは間違いないだろう。新しいケラーマイスターを見出した後、少し気が早いが現オ
ーナーの後継者について聞いてみた。
「長男はマキシミリアンというんだ。名前が全てを物語っていると思わないかね?」
そう言って、フォン・シューベルト氏は少しはにかむように笑った。








(フォン・シューベルト氏。)



試飲メモ

1. 2002 Abtsberg QbA trocken
  調和のとれた落ち着いた果実味とミネラル。
2. 2003 Herrenberg Kabinett trocken
  軽めでミネラリッシュ。
3. 2004 Abtsberg Spaetlese trocken
  酵母臭、たっぷりとした柑橘、フレッシュな青林
檎、長いアフタ。
4. 1998 Abtsberg QbA
  鉱物香、繊細な酸味。
5. 2004 Bruderberg QbA
  たっぷりとしてしなやか、繊細な酸味。
6. 2004 Herrenberg Kabinett
  蜂蜜、柑橘、濃厚で繊細かつ華やか、長いアフ
タ。華麗なカビネット。素晴らしい。
7. 2003 Abtsberg Kabinett
  軽やかで繊細、上品な柑橘。
8. 2004 Abtsberg Spaetlese
  緻密に中身の詰まった果実味、濃厚でシルキー。
9. 2003 Herrenbeg Spaetlese
  華やかな香り、白桃のヒント、濃厚で軽やかなボディ。
10. 2003 Abtsberg Auslese
  複雑だが、ややまとまりに欠ける。
11. 2003 Abtsberg Auslese Nr. 70
  干したアプリコットのヒント、凝縮してニュアンスに富む果実味。
12. 2003 Herrenberg Beerenauslese
  ピュアかつ繊細なエッセンス、高貴な甘み、長いアフ
タ。
13. 2003 Abtsberg Beerenauslese
  華やかに香りたつ複雑かつ気品に富んだ甘い香り、
複雑でスパイシーな風味。非常に魅力的。

(2005年3月)

過去の訪問記:2004/10, 2004/5, 2003/10, 2003/6, 2002/2, 1999/8 
醸造所HP:www.vonschubert.com





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