ザール河に沿って車を走らせると、渓谷の斜面の葡萄畑はいつしか途切れ、森林に入る。葡萄畑が途切れるすぐ手
前、ザールのワイン生産地帯の一番外れに位置する村が、ゼーリヒである。エゴン・ミュラー醸造所の後、僕達はこ
の村にあるベルト・ジモン醸造所へ向かった。



この醸造所は本来ヘレンベルク醸造所(ヴァイングート・ヘレンベルクWeingut Herrenberg)と言うのだが、同じザー
ルのショーデン村にもヘレンベルク醸造所(ヴァインホフ・ヘレンベルクWeinhof Herrenberg)があり、ちょっと紛らわし
い。どちらも所有する葡萄畑の名前にちなんで付けられた醸造所名で、親戚でもなんでもない。両者区別する為、ゼ
ーリヒ村の方をオーナーの名前をとってベルト・ジモン醸造所と呼ぶこともあり、ここでもそうすることにする。



ベルト・ジモン醸造所は1897年にプロイセンの農業大臣であったクレメンス・ショーレマー男爵により設立された。彼
はこの他にもモーゼルの複数の村に醸造所を所有しており、その一つが翌日訪問することになるシュロス・リーザー
である。19世紀から20世紀初頭にかけて、モーゼル地方のワインは垂涎の的だった。当時、ボルドーのシャトー・コ
ス・デストゥネルが1.60マルクだったのに対して、モーゼルの普通のワインが1.70マルク(現在の価値に換算して約
5500円相当)もした。つまり、醸造所の設立は確実に利益の出る投資だったのである。

現在のオーナーであるベルト・ジモン氏は1968年に醸造所を購入した。祖父の代からルーヴァーでワイン農業を営む家庭に育った彼はガイゼンハイムで醸造学を学んだ後、シャンパーニュでの一年間の研修を経てマインツのゼクト製造会社に就職した。その会社に醸造所購入の資金調達の保証人になってもらい、独立を果たしたという。とはいえ、32haの畑を所有していた由緒ある醸造所を20代で任されるとは、只者ではなかったに違いない。今で言う社内企業家といったところか。

「私は取り立てて裕福な家庭の出身ではないからね。あの頃、財産といえば自転車くらいなものだった。」
とジモン氏は当時を振り返る。そして独立翌年の1969年、いきなり大成功を収めた。ブレーメンのラーツケラーから6000本のシュペートレーゼと、ハンブルクの一流ホテルフィアヤーレスツァイテンから3000本を受注したのだ。それは甘口ワインの需要が伸びてモーゼルの葡萄栽培面積が急増していた時代でもあった。
「あの時の成功の味は、今でも忘れられんよ....。」
天井の高いサロンのような試飲室に彼の声が低く木霊した。壁の一角には狩猟で仕留めたいくつもの鹿の角が飾ってある。そこはザール河を見下ろす高台にあり、テラスからは水量を調整する水門と、その先にあるザールの一番端に位置する葡萄畑が見えた。水門が出来てから水深が常に4mを保つようになり、河沿いにある葡萄畑周辺の気温が安定したという。

(オーナーのベルト・ジモン氏)

とはいうものの、モーゼル・ザール・ルーヴァーの葡萄栽培地域で最も冷涼な一帯であるザールの、その中でも一番
上流に位置しているだけに、温暖化が進んでいる昨今も葡萄が熟すのは容易ではない。とりわけ2004年は初夏に
襲った雹で収穫の10-15%が被害を受け、夏場には黒腐病(Schwarzfaeule)が、雨がちだった10月には灰色黴−完
熟してから付着すれば貴腐となるのだが−が蔓延したため、せいぜいカビネットまでしか収穫出来なかった難しい年
だったという。
「農薬をもっと撒布すれば被害も軽くて済んだかもしれんが、農薬代も高くてね。充分な対策が出来んかった。」
2004年産に対してジモン氏は軽く自嘲気味の様子だった。しかし一昨年の2003年は45年に渡る彼のキャリアの中
で最高の収穫年で、過半数がベーレンアウスレーゼ以上の糖度に達した。



僕が彼のワインに惹かれたのも、2003年のリースリング・シ
ュペートレーゼの豊かな柑橘の香りと程よい酸味が印象的
だったからだ。現在16haある栽培面積のうち、70%をリースリ
ングが占め、繊細な酸味とミネラルがザールらしい軽やかな
ボディに調和している。昨年ドイツの大統領がイギリス王室を
訪問した際、エリザベス女王との晩餐にジモン氏の1990年
産リースリング・シュペートレーゼが供された。
「リリースしてから最初の6,7年はとりたててどうということ
のない味だったが、今になってやっと旨くなったよ。」
と彼。そのワインは晩餐ではジビエに合わせてサービスされ
たという。熟成して甘みが落ち着き、酸味とミネラルが繊細
なアクセントを添えた甘口リースリングだ。一般的には、熟成
した甘口リースリングは思いの外肉料理にも相性が良い。鴨
のローストをオレンジソースで食べるのと、味の組み合わせ
は通じている。

彼の醸造所では、リースリングの次に栽培面積の20%をヴァイスブルグンダーが占める。1978年から栽培を始めたこ
の品種は、リースリングよりも約2週間早く熟し、果汁に含まれる酸も低めなので、冷涼な年にはリースリングの不作
を補完する役割を果たす。

次いで5%が赤ワイン用品種であるシュペートブルグンダーが占める。1999年産からのリリースしており、半分をバリッ
クで、半分を伝統的なフーダー樽で熟成し、最終的に適当な割合でブレンドする。だからバリックのトーンもほどほど
で、果実味にうまく調和している。1999年産は100hl/haと多産だが、それにしてはピノの香りの綺麗な魅力的な赤ワ
インだ。

残りの5%をミュラー・トゥルガウ、グラウブルグンダーなどその他の品種が占めている。ワインはフーダー樽とステンレ
スタンクの両方を用いるが、全て自然酵母で発酵される。現在の平均収穫量は58hl/ha。近年は意識的に収穫量を
減らして質の向上に努めている。
「自然の賜物を偽ることなく、かつ余すことなくワインに生かす」
というジモン氏のモットーに従えば、純粋培養酵母はご法度だ。生産の半分が主として北米へ輸出されているが、甘
口のみで辛口・中辛口はドイツ国内で消費されている。

「私のワインの味わいは、世界でもそう滅多にあるものじゃない。この風土に由来する個性を大事にしていかなけれ
ばならないんだ。」
極限のテロワールで37年間ワインを造り続けてきたジモン氏は、そう言ってグラスのワインを飲み干し、静かにうなず
いた。




試飲メモ

1. 1999 Blauer Spaetburgunder Barrique
  繊細で綺麗な甘い香り、赤いベリーのヒント。
2. 2002 Weisser Burgunder Spaetlese trocken
  透明感のある繊細な柑橘。クリア。
3. 1999 Serrig Wuertzberg Riesling Spaetelse
trocken
  熟成香、調和のとれた果実味。
4. 2002 Serrig Wuertzberg Riesling Kabinett
haltbrocken
  繊細な調和のとれた果実味、柑橘。
5. 2002 Guts-Riesling feinherb
  繊細な調和。
6. 1991 Serrig Herrenberg Riesling Spaetlese
  熟成で丸くなった酸味、しっかりめの果実味、押さえ
気味の甘み。
7. 2002 Serrig Wuertzberg Riesling Spaetlese
  繊細で軽やか、アロマティックな柑橘。
8. 1990 Serrig Wuertzberg Riesling Auslese
  シーファーのヒント、適度に濃い目、甘酸の絶妙なバランス。
9. 1989 Serrig Wuertzberg Riesling Auslese Goldkapsel
  緻密な調和、個性的。
10. 1999 Serrig Herrenberg Riesling Auslese
  繊細で上品、エッセンスの甘み、蜂蜜、スパイシー。
11. 2003 Serrig Herrenberg Riesling Auslese
  フルーツバスケット、アロマティックでスパイシー、綺麗な酸味。
12. 1998 Serrig Wuertzberg Riesling Eiswein (VDP競売品、醸造所に在庫あり)
  気品のある緻密な甘酸、アプリコット、蜂蜜、素晴らしく綺麗な酸味の長いアフタ。

(2005年4月)


Weingut Herrenberg Bert Simon
Roemerstr. 63
54455 Serrig/Saar
Tel. +49(6581)2208 Fax. 2242
醸造所のHP: www.bertsimon.de
試飲直売:月〜金 8:00-19:00 (要予約)





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