(ショーデナー・ヘレンベルクの畑からショーデン村を見下ろす。
三月下旬、葡萄の枝の先から絶え間なく水が滲み出しては、
水滴となって滴り落ちていた。)



ザールのショーデン村は人口620人ばかりの小村である。村の広場には井戸があり、今は使われていないが、夏に
はそこで村祭りが開催され、近隣の村からも訪れる訪問客で賑わう。ヴァインホフ・ヘレンベルク醸造所は、その広場
の脇にある。外見からは醸造所とは判らない。手作りの陶製の表札がそこがロッホ家の玄関であることを示している
だけで、醸造所とはどこにも書いていない。
「だって、何も知らない観光客が来るかもしれないでしょ。」
と、オーナーのクラウディア・ロッホさん。
「ウチは観光客相手のワインは造ってないの。」
3haほどの小規模醸造所で、畑仕事から醸造、販売、経理に至るまで全て夫婦でこなしている上、ご主人のマンフレ
ッド氏は自動車整備工という本業があり、三人の子育てもある。飛び入りのお客に応対するだけのゆとりが無いの
だ。そして、訪問可能な曜日と時間は決められていない。
『予約次第いつでも訪問可』
ゴー・ミヨのワインガイドには、そう書いてある。



「やぁ、よく来たなぁ!」
ロッホ氏に会うといつも、その暖かでエネルギッシュな人柄に圧倒されてしまう。そして、一度話し始めると止まるとこ
ろを知らない。13年前に両親から継いだ猫の額ほどの小さな畑で始めたワイン造りも、その話し振りと同じように、一
途に邁進してきたのに違いない。

彼の辞書に妥協という文字は無い。醸造所の家系出身でもなく、醸造学校にも一切通わなかったので、先入観もない。農薬や合成肥料を拒否したエコロジカルな葡萄栽培、30-40hl/haという極端な低収量、「果汁の分子を出来るだけ壊さないよう」そっとタンクに移して必要なだけ時間をかけた自然酵母による発酵と、「出来るだけ手を加えず、果汁がなるべくして自然になった」姿に達した時点を見切って澱引きし、一回だけフィルターに通して瓶詰めする。普通の醸造所なら手間やコストがかかるために妥協してやらない事を、徹頭徹尾、実践している。

「しかしどれだけ丹精込めて造っても、コルクで台無しにされるのは本当に頭に来るよ!」
毎年コルクの製造会社を選び、最上のコルクを納入させているのだが、それにもかかわらず2003年はコルク臭のクレームが例年より多いそうだ。
「来年からはステンレス製の王冠にするから、これでコルク臭ともおさらばだ。まるでクリスマス前の子供みたいにワクワクするよ!」と、ロッホ氏は高まる期待を無邪気な身振りで示した。

ちなみに、自然のコルクとステンレスの王冠では熟成感に違いが出る。自然のコルクに対し、王冠はよりフレッシュ
な果実味を保つ傾向があるという。濃厚でパワフルな果実味が特徴のロッホ氏のワインは、王冠向きのキャラクター
を備えている。そして、彼のワインは普通のモーゼル・ザール・ルーヴァーのワインではない。土壌の味がくっきりと浮
き彫りにされた個性的な辛口は、甘みと酸味の調和が魅力であるモーゼルの常識を覆すものだ。

しかしその常識とは、せいぜいここ30年ほどで作り上げられたものにすぎない。20世紀初頭、モーゼルワインがボル
ドーと並び賞賛されていた頃、発酵を途中で止めて甘みを残す技術は知られていなかった。ほとんどのワインは発酵
が自然に止まるまで酵母の活動に任せる他なかったから、大半は辛口だったのである。甘口に仕立てる技術が確
立・普及するのは1960年代からのことだ。そして、効果的な農薬や肥料もトラクターもなく、馬や牛で耕していた当時
は、収穫効率も20-50hl/haに自然に留まっていた。ロッホ氏のワイン造りはその点、ワイン造りの原点への回帰な
のである。




試飲の後、彼の仕事場であるケラーを見せてもらった。2002年に裏庭を増築した納屋は、むき出しのコンクリートブロックが建築中であるかのような趣を見せている。地下には二部屋あり、片方には出荷を待つ瓶詰めしたワインが積まれ、片方には発酵中の果汁が入ったステンレスタンクが並んでいる。どちらも30平米前後の狭さだ。

「タンクに耳をつけてごらん。発酵を続けている酵母のささやきが聞こえるよ。」
ひやりとしたステンレスの肌触りとともに、『シュゴー.....』という低いうなりが伝わってきた。気の早い醸造所では新年早々にリリースを始めているのに対して、ここでは大半のモストがまだ発酵を続けていた。瓶詰めは例年6月に行なわれる。それまで、ロッホ氏は毎日タンクをなでて、発酵中の果汁と対話しながら澱引きのタイミングを図るのだ。

試飲室に戻ると、片隅にある薪ストーブに火がくべられていた。
「ケラーは寒いから、暖をとったほうがいいと思ってね。」
ロッホ氏のお母さんの心配りだった。僕達が試飲している部屋の隣の台所では、おじいちゃん、おばあちゃんと子供
達が夕食をとっていた。三世代同居の生活形態からは、伝統的な農村の家庭が持つ素朴な暖かさが伝わってきた。
普通の家庭が造る、普通でないワイン。ロッホ氏のワインは、そういうワインである。



◇試飲メモ



1. 2003 Schodener Herrenberg Riesling trocken Fass Nr. 1
  アルコール度13.2%だが、それを感じさせないたっぷりとした味わいのミネラルと果実味。
2. 2003 Schodener Herrenberg Riesling trocken Fass Nr. 8
  アルコール度14.2%(!), 残糖1.1g/Liter。完全に発酵しきっているが、ミネラルのトーンが明確で複雑な辛口で、ア
ルコールが目立つことはない。
3. 2003 Saartyr Riesling trocken
  柑橘のアロマ、ミネラルの複雑味、控えめながら存在感のある酸味。
4. 2003 Quasaar Riesling fruchtigtrocken
  残糖12g/Liter。繊細でフルーティな辛口、アフタにごっそりとミネラル。
5. 2002 Ockhener Bockstein Riesling Spaetlese
  酸味に支えられたたっぷりとしたフルーツ感、エッセンスの上品な甘み、アロマティック。
6. 2002 Schodener Herrenberg Riesling Auslese
  繊細なフルーツ感、アプリコットのヒント、生き生きとした酸味。
7. 1999 Schodener Herrenberg Riesling Auslese "Contessaar"
  熟成を経て落ち着いた甘み、気品のあるフルーツ感。
8. 1999 Schodener Herrenberg Riesling Auslese Fass Nr. 6
  複雑で調和のとれたリースリング・アウスレーゼ。Nr. 6と7は同じ畑の区画違いで、Nr. 6はシーファーの割合が少
ない土壌。
9. 1999 Schodener Herrenberg Riesling Auslese Fass Nr. 7
  しっかりしたミネラル感、クリアな果実味、蜂蜜の甘み。Nr. 7はシーファーの割合が多い区画。
10. 2003 Schodener Herrenberg Riesling Beerenauslese
  重厚な貴腐ワイン、柑橘、濃厚、ミネラルたっぷり。150エクスレの果汁からわずか50リットルを生産。

(2005年5月)

Weinhof Herrenberg
Hauptstrasse 80-82
54441 Schoden
Tel. +49(6581)1258, Fax. 995438
http://www.lochriesling.de
試飲直売:予約次第いつでも(ドイツ語のみ)






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