ベルンカステルから下流に向けて車を走らせると、ほどなく町並みが途切れ、右手に葡萄畑の急斜面が広がる。グラ
ーハの葡萄畑だ。グラーハ村の集落に入と、村の背後にはドムプロブストの急斜面が聳え立っている。その斜面と川
辺まで、ほんの200m程度だろうか。畑とモーゼル河に挟まれるように位置する村の一角に、ヴィリ・シェーファー醸造
所はあった。庭先に立てられた銅製の看板が、どこかメルヘンチックでほのぼのしている。

ここはモーゼルに典型的な家族経営の小さな醸造所だ。現在所有する畑はグラーハー・ドムプロブストとヒンメルライ
ヒ、ヴェーレナー・ゾンネンウアー、それとベルンカステラー・バードシュトゥーベの合計3.2ヘクタール。モーゼルの専
業農家の中でも小規模な方なのだが、知名度の点では数十ヘクタールの畑を所有するボルドーのシャトーに引けを
取らない。一年間に生産される約3万本のうち、およそ半数が海外に輸出されている。



約束の時間まで数分あったので、玄関の前で待っていると、中から黒いとっくりのセーターを着た若者が、はにかむ
ような笑顔を見せて現れた。2001年から父であるヴィリ・シェーファーとともにワインを造っている長男のクリストフだっ
た。聞けば、両親は休暇でスペインに行っているそうだ。3月下旬、ワインの中にはゆっくりと発酵し続けている樽もあ
り、醸造家にとってはまだ目の離せない時期のはずでは?「ええ。だから、ワインの様子は毎日詳細に電話で父と話
し合っています。」ということだった。

「ワインはみんな、私の子供のようなものです。醸造家として彼らを見守り、彼らとともに暮らし、彼らの成長を思いや
りをもって導いてやらなければなりませんが、その際大切なのは、自然が彼に与えた性格を最大に発揮させるように
こころがけることです。」
クリストフの父であり、そのまた父から1971年に醸造所を継いだヴィリ・シェーファーは、かつてそうワインジャーナリ
ストに語っている。平均収穫量は65hl/haで極端に低くもなく、それほどインパクトの強い味のワインではない。しかし
彼のワインの透明感のある純粋なフルーツの甘みにはガツガツとした野心がなく素直で、ホッとするようなやさしさが
ある。

栽培しているのは100%リースリングで、その8割以上を接木なしの、いわゆるヴュルツェルエヒトWuerzelechtと呼ば
れる木が占める。ヴィリ・シェーファーでは、苗木を自前で栽培している。畑には樹齢40歳以上の古木も少なくない。
古木に成る実は小さく、生産効率は良くないが、その代わりに地中深くまで伸びた根からもたらされる成分が、果汁
に繊細で複雑なニュアンスを与える。

「父と僕が目指しているのは、典型的なモーゼルのリースリングです。」とクリストフ(左写真)。
「それはアルコール度が低く、フルーティな味わいで、生き生きとした酸味が魅力です。そんなワインは、モーゼル以外世界でどこを探してもありませんから。」

ガイゼンハイムで醸造学を修め、南アフリカのデ・ヴェッツホフ醸造所とカリフォルニアのセインツベリ醸造所−どちらも彼の実家の数倍の規模で、バリックで仕立てたワインを得意とする−で研修した彼の言葉には説得力があった。そして、ヴィリ・シェーファーでは2003年産は一樽しか辛口を造らなかった。その他は全て適度な甘みを残した中辛口か、甘口である。

発酵は伝統的なフーダー樽とステンレスタンクの両方を用いるが、フーダー樽の方に力を入れている。
「近所でいらなくなったフーダー樽があると聞くと、ウチで使えないかどうか、父と一緒に見に行くんですよ。」
と彼。
「フーダー樽で発酵を行うと、ワインが丸くなり、ストラクチャも複雑になります。でも、単に複雑であることを目指しているのではありません。複雑な構造をもちながら、繊細な果実味が魅力を発揮するように心がけています。」

発酵には出来るだけ培養酵母を用いず、果汁が自然に発酵するのを辛抱強く待つ。発酵がある程度進んだところで、ワインの調和に必要な残糖を残すために発酵を止めなければならないが、生き物が相手なだけに、狙ったポイントで発酵を止めるのが難しい。

「そろそろかな、という頃に果汁の液温を少し下げてやるんです。木樽の液温調節は樽の中に冷却水が循環するコイルを入れて行いますが、普通16,7度の発酵温度を毎日試飲して様子を見ながらほんの少しずつ下げると、発酵の進み方も遅くなるので、停止させるポイントの見極めが容易になります。そしてここだ、という時に一気に12,3度まで下げます。すると、酵母の細胞が寒さで壊れ、発酵が止まるんです。」

その後4月上旬に瓶詰めされるまで樽で熟成され、一定期間は樽の底にたまった酵母の上で寝かされる。その際も酵母の味がワインにつきすぎず、素直なフルーツのアロマが生きるよう気をつける。ワインは樽ごとに瓶詰めされるものもあるが、複数の樽をブレンドして味を調えることも行っている。造り手はそれを職人の様に「最後のひと磨きletzte Schliff」と呼ぶ。

(醸造所のケラー。)



居間を兼ねた二部屋続きの試飲室は、以前訪れたことのあるザールブルクのツィリケン醸造所と同様、家族の居間
の様な雰囲気だった。一部屋にはテーブルを囲んで椅子が並び、壁には古色蒼然とした写真が額に入って飾られて
いる。もう一部屋にはソファとサイドボードがあり、その棚には品評会の受賞メダルが所狭しと並べてあった。

試飲室でクリストフはワインを僕達のグラスに注ぐたびに、しばらく沈黙してワインに集中すると、おもむろに口をひらく
までの間、静かな笑みを浮かべて僕たちが何か言うのを待っていた。寡黙で優しいクリストフの性格が、ワインの優
しい口当たりと素直な甘さにも現れているような気がした。



◇試飲メモ

1. 2003 Riesling QbA
ハウスワイン。軽やかでピュアな甘み、複雑ではないが素直に美味しい甘口リースリング。

2. 2003 Graacher Himmelreich Riesling Spaetlese
2003年は猛暑と旱魃の年だったが、グラーハの葡萄畑は岩盤の上の土壌が深く、7メートル以上に達する。斜面の
上には森林があり、そこから充分な水分の補給がなされたため、葡萄の渇水ストレスはほとんどなかったという。繊
細なフルーツの甘み、白桃の香りのヒント。酸味はやや控えめ。

3. 2003 Wehlener Sonnenuhr Riesling Spaetlese
グラーハに比べると、ヴェーレンのこの畑は場所によっては岩盤の上の土壌は50cmしかない。葡萄の根はシーファ
ーの岩盤を貫いて伸び、そこから水分と共にミネラルを吸い上げる。ワインもグラーハとは性格が異なり、シーファー
のミネラルのタッチとしなやかなフルーツ感。

4. 2003 Graacher Domprobst Riesling Spaetlese
この醸造所の最上の畑。グラーハの畑の中でも特に
土壌が深く保水性に優れ、細かい岩石が多い。凝縮し
た果実味、力強い口当たりのミネラル、酸味、ほんの
りと蜂蜜、長いアフタ。クリストフによれば、この畑の土
壌は「力強い」ので、ワインも力強くなるそうだ。

右写真はドムプロブストの中腹からグラーハ村とモー
ゼル河を見下ろしたところ。

2003年産を一通り試飲すると、クリストフはケラーに降りて行ったきり、しばらく戻ってこなかった。試飲するワインの
樽を選んでいたらしい。それぞれ樽から直接汲み取られたボトルには、手書きの不器用な文字でワインの素性が書
いてあった。

5. 2004 Riesling QbA (Fass 2)
2004年の収穫は11月初旬から始めたが、昨年は特に収穫時に房を選ぶ作業が重要だったという。葡萄の木一本の中でも房の位置によって熟し方が異なる。その中から金色に色づき果皮の充分に柔らかいもの−つまり完熟した房だけを選りすぐって収穫したそうだ。クリアな果実感に青林檎のヒント、アフタにしっかりとミネラルが残る。クラシックなスタイルのモーゼル。

6. 2004 Graacher Himmelreich Riesling Kabinett
濃い目で中身の詰まったワイン、たっぷりとした青林檎のアロマ、アフタにミネラル。

7. 2004 Graacher Domprobst Riesling Spaetlese Fass 9
生き生きとして引き締まった果実味、柑橘のヒント、クリアで力強く繊細、クリスタルの輝きを持つ甘口。

8. 2004 Graacher Himmelreich Riesling Auslese
完熟した果物、ゴールデンデリシャス、香り高く充実した甘み、クリアかつ濃厚、長いアフタ。本当はアイスワインを狙
って残していた区画の収穫。2004年は12月上旬に一度寒波が訪れたが、この畑では充分に凍らなかった。さらに再
び寒波が訪れるのを待つかどうかで悩んだが、最終的に強風が吹いて房が落ちてしまう前に収穫することを決断。そ
の結果、ヴィリ・シェーファーでは2004年はアイスワインの収穫には至らなかった。その代わり、素晴らしいアウスレ
ーゼを造ることが出来た。「自然の恵みは出来る限り生かすが、その為に全てを失うようなことはしない」のだそうで
ある。

9. 2004 Graacher Domprobst Riesling Auslese "Lay"
『ライLay』はドムプロプストの中の一角で、約2000uの小区画。非常にアロマティックで濃厚かつ繊細で複雑、花の
様に匂い立ちクリーミィに舌の上をを滑る。繊細な酸味の編みこまれた果実味は非常に上品で生き生きとしている。
アフタも非常に長い。見事なアウスレーゼ。

Weingut Will Schaefer
Hauptstrasse 130
54470 Graach
Tel. (06531)8041
Fax. (06531)1414
Email/HP: なし
試飲直売:月〜金 9:00-12:00, 14:00-18:00
  土 10:00-12:00 日曜は要予約。





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