イミッヒ・バッテリーベルク醸造所は、モーゼル中流にあるエンキルヒ村の街道沿いにあるのだが、館は大構えの門
と前庭を隔て街道から引きこもったような位置にあり、注意しないと見過ごしてしまう。前庭の奥には、さながら古城を
思わせる円形の塔が聳えている。そこが訪問者の入り口だ。内部に入ると、狭い螺旋階段が『王の間』へと訪問者を
導く。ローマの城塞跡に870年頃に建てられ、その後1000年以上にわたり増改築を繰り返してきた、重要文化財の
ような醸造所だ。中世には巡幸途上の国王が居留したというその広間で、僕達は昨年就任したばかりの新任ケラー
マイスター、カンプ氏と向き合った。



カンプ氏は昨年2004年8月からここで働いている26歳の若手醸造家だ
(右写真)。その前任者ヴァイザー氏は、ラインガウの名門ヨゼフ・ライ
ツ醸造所の管理運営を任されたこともある有能な若者だったが、オー
ナーのバステン氏とウマがあわずに、わずか1年で辞めてしまった。そ
のまた前任者のヨストック氏は、1995年からバッテリーベルク醸造所
の評価を高めてきたのだが、モーゼルきっての有機農法の醸造所、
レメンス・ブッシュに2003年に移り、今もそこで働いている。

「ヴァイザーさんは何も指示を残さなかったから、醸造器具がどこにあ
るのか、最初はあちこち探し回りましたよ。」とカンプ氏。1000年以上
に渡り増改築を繰り返してきた建物の構造は複雑で、狭い階段や小
部屋が思いがけない角度で繋がり、至る所に段差がある。また、ケラ
ーの奥には敵に包囲された場合に備えた脱出用トンネルの入り口が
あった。今はふさがれているが、かつては村の背後の森にある出口へ
と繋がっていたという。

もっとも、建物の歴史こそ中世初期まで遡るが、醸造所としてスタート
を切ったのは1846年のことだ。醸造所の名前ともなっている葡萄畑バ
ッテリーベルクが開拓されたのはそれより少し早い1816年。醸造所の
あるエンキルヒ村のはずれ、モーゼルに沿って南向きに湾曲した斜面
は、本来切り立ったシーファー岩の岸壁だった。それを爆薬で破壊して
切り拓いたのが、この畑である。『ドーン』、『ドーン』と地響きを立てて
鳴り渡る発破の音を、当時の村人には砲兵隊の演習のように聞こえ
た。砲兵隊は、ドイツ語でバッテリーという。それが、この葡萄畑と醸
造所の名前の由来であり、ワインのエチケットの意匠もそれに因んで
いる。こうして切り開かれた畑は、もともと岩盤だっただけに土壌がわ
ずか60cmの深さしかない。葡萄は生き延びるために浅い土壌の下に
あるシーファーの岩盤を突き通すようにして根を伸ばす。それが、この
わずか1haばかりの畑からとれるワインの力強く複雑な味わいのもと
になっている。



醸造所が現在のオーナー、バステン氏の手に渡ったのは、館の1000年を超える歴史に比べると、まるで昨日のよう
に新しい、ほんの16年ほど前の1989年のことだ。ミッテルラインのボッパルトで弁護士をしていた彼は、まだ学校に
通っていた頃、この醸造所で研修をしたことがあった。それが縁で子供のいなかった前オーナー、ゲオルグ・イミッヒ
氏から適当な後継者を探して欲しいと依頼された際、最終的に自分で醸造所を買い取ることにしたのだという。

醸造所のケラーの一部。いくつ
もの部屋がつながるようにし
て、奥へと延びている。

由緒ある醸造所の常で、多額の設備投資を必要としたスタート当初は苦しかった醸造所の経営も、若手醸造家のヨ
ストック氏がケラーマイスターになった1995年ころから、飲み応えのある辛口リースリングが評判を呼び、次第に波に
乗って行った。現在7ha所有する畑は100%リースリングで、接木なしの木が大半を占める。45hl/haに抑えた低収穫
量、低圧のプレスで絞られた果汁は、近年5万ユーロを投資した冷却設備を用いて、ステンレスタンクでゆっくりと発
酵され、発酵が終わった後も沈殿した酵母の上で数ヶ月寝かせる。一部の甘口はその後、伝統的なフーダー樽で熟
成する。ケラーの温度は年間を通して13度に安定している。他の醸造所と少し違うのは、ケラーの壁に黴がつくのを
嫌って、年に数回高圧洗浄器を用いて徹底的に清掃していることだ。ワインに望ましくないアロマがつくのを防ぐため
だという。醸造所によっては、ケラーの壁にびっしりと黴がついていたり、まるで鼻水のように天井から黴が垂れてい
る。これをたとえばザールのツィリケン醸造所は、ケラーがワイン造りに最も適した温度と湿度にある証拠だとして喜
んでいるくらいなのだが。

その徹底的に清掃されたケラーでの温度管理された発酵には、大半のタンクで複数の培養酵母を用いている。個人
的には、畑の個性以上にこの培養酵母による特徴的な桃と柑橘のアロマが目立っているように感じる。低収穫量に
よる充実した果実味とミネラルに加えて、培養酵母による明確なアロマの香りたつワインは自己主張が強い。それは
しっかりとメイクを施した女優の顔に似て、確かにとても魅力的ではあるが、しばらく飲み続けていると飽きてくる。こ
れを、2004年産から醸造に携わるカンプ氏は変えようとしている。自然酵母による発酵を試みているのだ。

「培養酵母に比べると、自然酵母で発酵したワインは、新酒のころはやや大人しいんです。しかし、葡萄の皮に自然についた酵母は、培養酵母にはない複雑さと深みをもたらしてくれのです。」

カンプ氏は、ケラーのステンレスタンクで発酵中の自然酵母で仕立てたワインを試飲させてくれた。それは確かに大人しいが、素顔の魅力ともいえる自然な美味しさがあった。この他畑でも土壌改良を行なう予定だという。前任者は鶏糞を肥料に用いており、今の土壌はPH値が高すぎるそうだ。土壌の生態系を整えることが、ワインに力強さと深みをもたらすという。

「2004年産では畑のことは何も出来ませんでした。だから、2005年産からが本当の意味で僕のワインになるはずです。」
モーゼル中流のトラーベン・トラーバッハ村の醸造所が実家の彼は、醸造学校を卒業後、ファルツのフォン・ブール醸造所で働いていた。
「モーゼルとファルツでは、何もかも違います。ファルツは見渡す限りの平野に葡萄畑が広がり、畑で仕事をしていると、たまにトラクターに出会うだけで、ある意味変化に乏しい環境でした。
しかしモーゼルではまず、畑が急斜面です。見下ろすと陽光に輝くモーゼルを行き交う船や、川沿いを走る車や自転車など、眺めていて飽きないです。でも、仕事はファルツよりきついです。こっちで仕事を始めてから、一ヶ月で6kg痩せました。」
「それなら、ダイエットにもってこいですね!」
と茶化す友人に、一同大笑いした。

イミッヒ・バッテリーベルク醸造所はカンプ氏とともに、新たな時代を迎えようとしていることが感じられた。彼の今後の
活躍に期待したい。



◇試飲メモ

試飲の行なわれる『王の間 Koenigssaal』。近年学術的検討に基づいてリストアされた。

2003 Rotschiefer Riesling trocken
しなやかな果実味に白桃のアロマ、シーファーのミネラルに完熟したグレープフルーツ。85/100
2003 Blauschiefer Riesling trocken
火打石、しなやかなグレープフルーツに白桃のアロマ、力強く繊細、立体的なミネラル。85
2003 Batterieberg Riesling trocken
完熟した柑橘、白桃、ストレートに立ち上る香り、力強く複雑な果実味、上品なシーファーのミネラル。88
2003 Blauschiefer Alte Reben Riesling trocken
深くストレートな香り、火打石、複雑で力強い完熟した果実、ミネラル。88
2003 Steffensberg Riesling Spaetlese halbtrocken
クリアな果実味、白桃、非常にアロマティック、上品なシーファーのアクセント。86
2003 Batterieberg Riesling Spaetlese feinherb
濃いめ。アプリコット、クリアでたっぷりした果実味、アロマティック、シーファーのアクセント。87
2003 Batterieberg Riesling Spaetlese
濃厚でしなやか、アロマティック、柑橘、白桃、繊細で力強く複雑、見事な調和。88
2002 "Vision" Jean Marie Dumaine Riesling Auslese Barrique
SinzigにあるレストランVieux Sinzigの特注キュベ。バリックで発酵した濃厚なリースリング・アウスレーゼ甘口。火打
石、濃厚、完熟した柑橘、華やかで力強くなめらか、ほどほどのトースト香。それほどキッチュではないが、やはり個
性的。88

C.A. イミッヒ・バッテリーベルク醸造所
Weingut Carl August Immich Batterieberg
Im Altental 2
56850 Enkirch/Mosel
Tel. +49 (6541) 83050
Fax: +49 (6541) 830516
E-Mail: info@batterieberg.de
Internet: www.batterieberg.de
訪問直売:月〜金 9:00-18:00、土日は要予約
Data
所有面積  7ha
年間生産量 約25000本〜35000本
栽培葡萄品種 リースリング 100%
平均収穫量  45hl/ha
加盟醸造所団体 なし
ゴー・ミヨ2005年版での醸造所評価 ☆☆☆
個人的評価 ☆☆☆
(データはGault Millau Weinguide Deutschland 2005による。ただし、畑
の面積は醸造所資料に基づく。ゴー・ミヨの記載では4.5ha。)
参考サイト:http://www.weinfreaks.de/werner-engel.htm ドイツ語に
よる醸造所訪問記。


上:醸造所の入り口。藤の花が壁面を伝っている。
右:ケラーの奥にあるトンネル入り口。敵の包囲された場合に備えて掘られたが、今は塞がれている。暗闇の奥がどこへ導いているのか、冒険心をそそる。


(2005年7月)




トップへ
戻る