エルデン村の正面に広がるエルデナー・プレラートの畑。この岩盤が剥きだしになった急斜面から、個性的なリースリ
ングが出来る。今回訪れたアンドレアス・シュミトゲスは、エルデンのスペシャリストを目指している。



1. 試飲会で

毎年モーゼルでは試飲会が無数に開催される。博物館を借り切った数百種類の大規模なものから個人経営の醸造
所で開かれる20種類前後の試飲会まで、様々である。試飲会は醸造所にとって消費者にワインをアピールする絶好
の機会だが、出展費用とともに試飲に供出するワインも自腹を切らなければならない。醸造所経営においてワイン造
りと同じ位に重要なのはマーケティングである。しかし不景気な昨今、試飲会に出展しても出費に見合うだけの顧客
を獲得できているのかどうか、傍目にはわからない。

「やぁ、調子はどうですか(ハロー、ヴィー・ゲーテス・イーネン?)。」とある試飲会で、僕はアンドレアス・シュミトゲス
−同名の醸造所のオーナー−と軽く挨拶を交わした。彼はあちこちに出展しているので、一年のうちに何回か顔を合
わせる。シュミトゲスは新しいワインの出来具合をひとしきり語ったあと、決まってこう聞いてくるのだ。
「ところで、日本にどこかいいインポーターをご存じじゃないですか。」

僕は一介のワイン好きに過ぎないから、コネも何もない。大手酒販会社のワイン部門で働いている知人はいるが、彼
を通じて商談成立にこぎつける可能性はゼロに等しい。というのも、その日本の酒販大手はドイツの酒販大手とパー
トナーの関係にあり、契約上そこが扱っていないアイテムは輸入できないそうだ。また、日本から現地に赴いて醸造
所を開拓しつつワインを選び抜くインポーターは、まだ数少ないように見える。ドイツの輸出業者にワイン選択から輸
出に至る手続きの一切を依頼し、日本国内ではその販売に徹しているインポーターの方が多いのではないだろう
か。もっとも、これは推測にすぎないのだが。

話をシュミトゲス醸造所に戻そう。エルデン村に畑を持つ彼のワインは、比較的濃厚なボディにステンレスタンクで低
温発酵したことを伺わせる生き生きとしてクリーンな果実感があり、シュペートレーゼ以上では白桃の、アウスレーゼ
では蜂蜜の香る魅力的なワインである。2004年産からはモーゼルの実力派醸造所が集うベルンカステラー・リング
への加盟を果たした。ドイツのワインジャーナリストには2001年産で飛躍的な品質の向上を遂げたと評されており、
僕もそれに同感だ。コストパフォーマンスも上々、日本に紹介する価値は十分にあると思うし、シュミトゲスの力にな
れたらと思いつつも、いつの間にか数年が経っていた。




2. ノブコ・タカハシ


昨年10月、トリッテンハイム村のクリュセラート・アイフェル醸造所に行った際、入り口近くに日本人女性の写真の入
った地元紙の切り抜きが額に入れて飾ってあった。ドイツワインの日本での普及に尽力していることに対する、トリア
ーに本拠のあるリースリング普及推進団体プロ・リースリングの贈る賞の授与についての記事だった。
「ノブコ・タカハシ…..あ、クリュセラート・ヴァイラー醸造所のワインを日本へ輸入している人ですね。」と僕。
「ウチのワインも買ってもらっているよ。」と、オーナーのゲアハート・アイフェル氏。醸造所のレストランの一角には、他
の醸造所の造り手達と日本滞在を楽しんでいる写真が何枚も、一つの額に入って飾られていた。
「高橋さんなら、ネットショップもやっていますよ。」と、その時同行させてもらった知人に教わった。
『造り手の顔の見える美味しいワイン』がモットーのそのサイトショップ(www.wein.jp)からは、小規模な家族経営の醸
造所を毎年訪れ試飲して商品を決めていること、ワインを虚像や希少価値といった誇大宣伝文句で飾ることなく、逆
に造り手のあるがままの姿を伝えようという姿勢が伺えた。扱っているワインも興味深い。VDP加盟醸造所やゴー・ミ
ヨで評価の高い醸造所の方が知名度で売りやすいはずなのだが、日本にはほとんど無名の醸造所を選んでいる。
かといって行き当たりばったりの運任せで適当に選んだのでは無いことは、例えばもう一つの代表的なドイツワイン
ガイドであるアイヒェルマンでモーゼルのトップ醸造所の一つとされる、クリュセラート・ヴァイラー醸造所を扱っている
ことからもわかる。その日初めて訪れたクリュセラート・アイフェル醸造所のワインもまた、かなり力の入った濃厚な味
だった。

そうだ...彼女にシュミトゲスを紹介してみたらどうだろう…? だめでも何もしないよりは、と一応メールしてみた。そうし
たら意外なことに、今年5月上旬、彼女がモーゼルの醸造所を試飲に訪れる際、一緒にシュミトゲス醸造所を訪れる
ことになった。言ってみるものである。




小雨の中、高橋さんがお世話になっているトラーベン・トラーバッハのシュトーク醸造所から借りた車でヴィットリヒの
駅で拾ってもらい、エルデン村へと向かった。輸入商社の女社長というより、普通のワイン好きの女性(失礼)に見え
た。

「『初めてドイツワインを飲んだとき、とても心地よくて幸せな気持ちにな
りました。』彼女は微笑みとともにそう語った。」
彼女のプロ・リースリング受賞を報じるフランクフルター・アルゲマイネ紙
(1998年9月27日)のコメントである。

学生時代に訪れたドイツでワインの魅力に目覚めた後、彼女の人生は
ワイン一筋といっていい。大学卒業後ハイデルベルクのワイン輸出商社
に勤めた後、ワインケラー・サワで3年間ソムリエールとして働いた。や
がて1988年、メルシャンに転職する直前のドイツとハンガリーの醸造所
巡りの旅の途中、モーゼル中流にあるトラーベン・トラーバッハでワイン
商をしていたオックス家との出会いが、彼女がやがてインポーターとなる
きっかけを与えたと言ってもいいだろう。

1993年に北九州に居を移した翌年には、早くもワイン教室『ワインフォー
ラム』を開講。月の参加者は200人近い盛況だったという。オックス家と
協力しながら醸造所巡りツアーを催行したり、1999年に酒販免許を取得
する前から年に1万本以上ドイツワインを輸入していたそうだ。見かけ以
上にパワフルな女性なのである。

彼女がシュミトゲスを気に入ってくれるといいが....一抹の不安と期待を
胸に、醸造所へと赴いた。
(高橋暢子さん)





3. アンドレアス・シュミトゲス


ツェルティンゲン村でモーゼルにかかる橋を渡って左折し、対岸にユルツィガー・ヴュルツガルテンの斜面が見える
と、ほどなくエルデン村に入る。教会を中心に家屋の密集する、人口450人ほどの小村だ。村の中心を貫く村道も狭
く、うねるように曲がり、通りすがりの村人に聞いてようやく、とある脇道から引っ込んだようにしてたたずむシュミトゲ
ス醸造所を見つけた。醸造所の歴史は1744年まで遡る。その伝統を感じさせる古色蒼然とした納屋の横に増築され
たモダンな建物の2階の試飲室で、僕たちはオーナーのアンドレアス・シュミトゲス氏と向き合った。

1963年生まれで今年42歳の彼は、昔から父親の元でワイン造りに携わっていた。しかし保守的な父親と野心に満ちた若者の意見は、しばしば衝突したという。マーケティングを学んだアンドレアス氏は、最初から市場の求める味を意識していた。80年代半ばにリースリングの辛口を造ろうと父親に提案した時も、頭ごなしに反対されたそうだ。親子喧嘩の末に出来た1986エルデナー・トレプヒェンのシュペートレーゼ辛口はしかし、有力誌アレス・ユーバー・ヴァインの主催するコンテストでモーゼル全体の2位を獲得。やれば出来ることを証明してみせた。

やがて1990年に27歳で醸造所を継いで、彼が最初にやったのは、ドイツ全国のガストロノミー関係者、酒販業者を訪ね、彼らがモーゼルワインに求めているものは何であるのかを聞いて歩くことだった。そこかれら得られた結論は、葡萄品種はリースリング、味筋は辛口と中辛口とゼクトに主軸をおいて、甘口はアウスレーゼに力を入れる。それらを生き生きとした酸味と果実香で魅力的な味わいに仕立てるべきだ、というものだった。それを実現するべく、1990年代前半はもっぱら醸造技術的側面からアプローチし、かなりラジカルな実験的醸造も数多く行ったという。
「そうして実際にいろいろ試してみて、失敗を重ねるうちに、果汁の状態が何時どうあるべきなのか分かってきたんだ。」とアンドレアス氏。



(アンドレアス・シュミトゲス氏)

1995年以降は醸造技術よりも『自然の声』を聞くようになったという。そして今では完熟した収穫を入念な選果した
後、軽く破砕して果汁に漬け、アロマの浸出を待つ。その長さは6から48時間とまちまちで、もっぱら直感で決めてい
る。その後3時間から6時間かけて極めてゆっくりと圧搾。ケラーでは品質の向上に必要な時は操作を加えるが、なる
べくそっとしておく。ワインの品質は葡萄で決まり、醸造技術ではないという考えだ。

跡を継いだ当時2haだった畑も、現在では8haまで広がった。ドイツ国内はもとより海外でも取引先を増やしつつあり、
とりわけイタリアで好調だという。


醸造施設。100%ステンレスタンクで、伝統的なフーダー樽は用いていない。




4. 試飲

●辛口

話を聞きながら試飲も進んだ。最初は2004リヴァーナーQbA辛口。フレッシュな青リンゴの香りがする調和のとれた
辛口で、この品種にしてはなかなかの高品質。2004ヴァイスブルグンダー辛口は酸味がおとなしくて飲みやすく、ミ
ネラルのうまみのある辛口だが、いまひとつ魅力に欠ける。2004グラウシーファーQbA辛口は、エルデナー・ヘレンベ
ルクとエルデナー・トレプヒェンからのリースリングをブレンドし、畑の土壌の名−灰色粘板岩−をつけたキュベ。力強
さのある柑橘の果実感にシーファーのアクセント、アルコール度12.5%の調和のとれた辛口。2004エルデナー・トレプ
ヒェン、リースリング・カビネット辛口は青リンゴに柑橘、まとまりのいい辛口。ちなみに、カビネットの収穫は緑の房だ
けを摘むように指示し、シュペートレーゼの収穫には金色になった房だけを摘むように指示するという。見た目の他に
選別の基準となるのが、味である。収穫前に作業者にはどの房を摘むべきか、見本となる房をまず食べてもらうそう
だ。2004エルデナー・トレプヒェン、リースリング・シュペートレーゼ辛口は完熟した黄色いリンゴにパイナップルのヒン
ト、香りだけで非常に楽しめるし、味も香りからの期待を裏切らない。たっぷりした口当たりの完熟した柑橘にシーファ
ーのアクセントが効いている。

●中辛口

辛口に続いて中辛口。2004グーツ・リースリングQbAファインハーブは軽やかなボディに軽やかな果実香、素直な調和の快適な飲み口。2004エルデナー・トレプヒェン、リースリング・シュペートレーゼ・ファインハーブはパイナップル、白桃、柑橘など様々な香りの花束。味わいも上品な柑橘とシーファー、複雑でバランスもよい。2004エルデナー・プレラート、リースリング・シュペートレーゼ"アルテ・レーベン"ファインハーブは、エルデン村最上の畑であるプレラートの、42歳の古木からの収穫。濃厚な柑橘に深みと気品が漂う。硬いミネラル、長いアフタ。


●甘口

そして甘口へと試飲は進んだ。2004エルデナー・トレプヒェン、リースリング・カビネットNo. 11はミネラルのトーンが明
確、黄色い柑橘にリンゴ、フレッシュな果実感の充実した甘口。猛暑だった年2003エルデナー・トレプヒェン、リースリ
ング・カビネット No. 7は収穫時の糖度は92エクスレ。とてもフルーティ、調和のとれた柑橘にミネラル、ほんのりと熟
成香。同じ年2003エルデナー・トレプヒェン、リースリング・シュペートレーゼNo. 17はたっぷりとした口当たりの柑橘、
ミネラル、これも軽く熟成香。2004エルデナー・トレプヒェン、リースリング・シュペートレーゼNo. 14は11月5日収穫、
15%貴腐入り、100エクスレ。完熟した濃厚な柑橘にミネラルのアクセント。飲みごたえあり。2004エルデナー・プレラ
ート、リースリング・シュペートレーゼ・セレクションは新鮮な果実のなかに気品が漂う。ハーブ、生クリーム、濃厚な完
熟した柑橘、アフタに上品な酸味、ミネラル。2003エルデナー・プレラート、リースリング・アウスレーゼ"アルテ・レー
ベン"は濃厚かつ純粋な柑橘、ほのかに熟成香。2004エルデナー・ヘレンベルク、リースリング・アイスヴァインは緻
密で濃厚、香草に蜂蜜、ミネラルもしっかり。全般に、2003年産の熟成感がやや気になった。最後に高橋さんの希望
でゼクト・ブリュット−調和のとれた果実感に繊細な舌触りの気泡−で試飲を終えた。




5. エルデンのスペシャリストを目指す


試飲を終えて、高橋さんがシュミトゲス氏に聞いた。
「シュミトゲスさんのエルデンのワインを飲んでいると、ドクター・ローゼンのエルデンのワインを思い出すのですが、こ
れはワインの醸造手法が同じだからでしょうか、それとも畑のもたらす味なのでしょうか。」
少し考えてから、シュミトゲス氏はこう答えた。
「著名な畑には、その畑のスペシャリストと呼ばれる醸造所があります。例えばブラウネベルガー・ユッファー・ゾンネ
ンウアーなら、フリッツ・ハーグ。ヴェーレナー・ゾンネンウーアならJ.J.プリュム。シャルツホーフベルガーならエゴン・
ミュラーというふうに。ドクター・ローゼンもその意味ではエルデンのスペシャリストの一人と言えるかもしれません….
もっとも、彼は他にもあちこちに畑を持っていますが。

私もまた、エルデンのスペシャリストであることを自負していますし、その結果ドクター・ローゼンと通じる面のあるワイ
ンになっているのかもしれませんね。でも、いつかエルデンといえばシュミトゲスと言われるようになりたい。私は万人
受けするワインを目指していません。むしろ、シュミトゲスでなければ出来ない味を造っていきたいと考えています。」
野心的なのは、醸造所を引き継ぐ以前から変わっていないようだ。


「そういえば、昔トリアーでドクター・コガ(古賀 守氏)と、ホテルの部屋で飲んだことがあるんですよ。」と、ふと思い
出したようにシュミトゲス氏が言った。「彼が亡くなったのは、残念なことです。」
「え、私も古賀先生に教わった一人です。」と少し驚いたように高橋さん。ワインケラー・サワに勤めることになったの
も、古賀先生の紹介だったという。それを聞いて僕は、今回こうして彼女をシュミトゲス氏に紹介出来たのも、何かの
縁があったのかもしれないな、と思った。また、シュミトゲス氏がヨーロッパでの売れ行きが好調なのにもかかわら
ず、日本のインポーターを探している理由も、その時少しわかったような気がした。

.........

それから数ヶ月して、シュミトゲス醸造所のワインが高橋さんの手で日本に紹介されることになったと聞いた。少しは
彼の力になれたようで、嬉しかった。ドイツにはシュミトゲス醸造所の他にも、野心的な若手醸造家が大勢いる。大御
所ばかりでなく、彼らのワインがもっと日本でも注目されるようになれば、と思う。


Weingut Andreas Schmitges
Im Unterdorf 12
54492 Erden/Mosel
Tel. +49(0)6532-2743
Fax. +49(0)6532-3934
Email: info@schmitges-weine.de
訪問直売:要予約(メールするとすぐ返事が来
ると思います)
Data
所有面積  8ha
年間生産量 約80,000本
栽培葡萄品種 リースリング 80%, ミュラー・トゥルガウ 20%
平均収穫量  78hl/ha
加盟醸造所団体 ベルンカステラー・リング
ゴー・ミヨ2005年版での醸造所評価 ☆☆
個人的評価 ☆☆☆
日本国内取り扱い先:ワインフォーラム・ジャパン
Internet: www.wein.jp


(2005年11月)




トップへ
戻る