アイラー・クップの山頂に立った頃には雨はあがり、雲間から漏れる陽光が早春の牧草地を流れていった。足下には
赤みを帯びたシーファー土壌の斜面が麓まで続き、意外なことに、彼−マルガレーテンホフ醸造所のオーナー、ユル ゲン・ヴェーバー氏−の葡萄の枝も、ヴァーグナー氏の畑と同様、ヴァイデで杭にハート型に結わえてあった。
「なぜかって?特に伝統に拘っている訳じゃないんだ。ヴァイデの畑を持っていて、毎年成長するそれを使えば、お金
がかからないからだよ。」
という、合理的な理由が返ってきた。彼の所有する13haのうち、7haをエルプリングが占める。ローマ人が持ち込んだ
とされるこの品種−紀元1世紀にプリニウスやコルメラが農業誌の中で"uva albena"もしくは"vitis alba"(albaはラテ ン語で白を意味する)として言及されている品種が、その祖先ではないかと言われている−は、2003年にはオーバ ーモーゼルだけで712haが栽培されており、対岸のルクセンブルクでも盛んに栽培されている。石灰質土壌のオーバ ーモーゼルでは、リースリングよりもエルプリングやブルグンダー系の品種が多い。
エルプリングはその大半が辛口に仕立てられ、地元で日常用ワインとして消費される量産型品種であり、一般にヘク
タールあたりの平均収穫量も、リースリングより高く、大抵はシンプルでさっぱりとしており、さわやかな酸味が効い ているので、ゼクトに仕立てることも多い。エルプリングのワインの殆どは一本2〜4ユーロ前後と手頃な価格が魅力 であるが、それだけで生計を立てることは難しい。ユルゲン・ヴェーバー氏が1986年に24歳で醸造所の跡を継いだ当 時、当時タヴェルン村にあったわずか2.5ha余りのエルプリングの樽売りと、その他の農産物の販売などでようやく糊 口をしのいでいたという。
「子供の頃は、醸造所を継ぐなんてまっぴらだと思っていたよ。」とヴェーバー氏が言うのも無理はない。「しかし、やっ
ているうちに面白くなって来たんだ。」
メルセデスのハンドルを握りながら、彼は後部座席に座る僕を振り返って笑った。
1985年に結婚した奥さんのドロテアさんと、醸造所の将来について相談した結果、樽売りからの脱却と品質重視で
生産したワインの瓶詰め販売へと切り替えることを決断。
「樽売りのままでは、やがて行き詰まることは目に見えていたから」という。近郊のレストランを中心に顧客を開拓しつ
づけ、次第に経営は軌道に乗って行った。葡萄畑も買い足し、2000年産の収穫目前の9月1日に、ザールのアイル村 の醸造協同組合の建物を葡萄畑と一緒に購入。醸造所名もタヴェルンの教会にある聖マルガレート聖堂にちなん で、マルガレーテンホフと改名。醸造設備にもステンレスタンクと冷却装置を導入、2005年産を一通り試飲したが、ク リーンで果実のアロマが快適なワインをリリースしている。日常用のワインとしては、申し分のないところだろう。
日本へも入荷している。買収したアイルの醸造協同組合が、とあるインポーターと取引があり、それを引き継いだの
だそうだ。エルプリングは生産地区こそ限られているが、そのアイスヴァインやベーレンアウスレーゼを別にすれば、 決して希少価値を主張出来るワインではない。リースリングより素朴で、肩肘張らずに気軽に楽しむべきワインであ り、2,3割の炭酸水で割るのが地元で夏場によく見られる『ヴァインショーレ』と呼ばれる飲み方である。マルガレー テンホフ醸造所でも、エルプリングは清涼感を演出するため、発酵により発生した炭酸を若干残すようにして瓶詰めし ている。ショーレには申し分のないワインといえる。
参考資料:Trierischer Volksfreund, 2. Juli 2003 (Mi.), Seite 32.
(2006年4月)
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