ライヴェン村のザンクト・ラウレンティウス醸造所は、ピースポートにも葡萄畑を持っていた。川向こうの猫の額ほどの
小さな一角で、ボートでしか渡ることの出来ない場所にある。2005年から耕作を引き受けたそうだが、トラクターも到
達出来ないので、農作業の度にいちいちボートで行き来する。収穫もボートで対岸まで運ぶのだそうだが、もしも転
覆したら一年の成果が文字通り水の泡である。酔狂な葡萄畑だが、それだからこそ世話をする価値もあるのだろう。


ボートでしか到達出来ない葡萄畑。




畑を眺めていると、次に訪問するヨハン・ハールト醸造所のご主人、ゲアト・ハールトのヴァンが到着、僕たちはそちら
に乗り換え、ラウレンティウス醸造所の二人に別れを告げた。橋を渡り、一気にピースポート村とゴルトトロプヒェンの
畑を見渡す高みへと昇る。ヨハン・ハールト醸造所の所有する6haのうち、約2haがゴルトトロプヒェン、その他はドー
ムヘア、ファルケンベルク、グラーフェンベルク及びトレプヒェン。いずれもピースポート村である。


醸造所オーナーのゲアト・ハールト氏。

「ファルケンベルクは、ゴルトトロプヒェンの斜面の上半分。ドームヘアは村はずれの川沿いの斜面で、グラーフェンベ
ルクはその先、南東向きになったあたり。トレプヒェンは対岸にある平地の畑で、デイリーワイン向き。
ピースポート村はローマ時代の葡萄圧搾機の遺跡もある、2000年近い歴史を持つ集落なんだ。それは葡萄畑の麓
の川沿いにある細長い集落で、これが本来のピースポート村。対岸もピースポート村だけど、歴史は浅い」とゲアト。
彼の醸造所は元祖ピースポート村にあり、その背後、村の中央真上あたりに区画がある。昨年、サッカーのワールド
カップが開催された際、そこに大きな日の丸が出現して話題になった。
「粉砕した木片を畑に敷いたんだよね。日の丸の赤い部分は塗料で染めて。」と笑う。一体どこからそんなアイデアが
出てきたのかと思うのだが、それだけ日本は彼にとって重要なお客様なのだ。栽培しているのは96%がリースリン
グ、7割が甘口に仕立てられ、生産の60%前後がドイツのワイン商を通じて主に日本と北米に輸出されている。


ピースポート村と葡萄畑。写真右上の区画に木片を敷いた痕跡が残っている。

午後の陽光に照らされた葡萄畑を斜めに横切るようにして村へと下る。川沿いの細長くこぢんまりとした村には、醸
造所がひしめいている。その中でもラインホールト・ハールト醸造所がもっとも成功しているが、ヨハン・ハールト醸造
所、ロイシャー・ハールト醸造所、クルト・ハイン醸造所も捨てがたい。ラインホールトとロイシャーの両ハールト醸造所
とは親戚同士だ。ハールト家は1337年にピースポートの葡萄畑の所有者として史料にその名が現れる。やがて相続
により1920年代にヨハン・ハールト醸造所が成立した。2007年版ゴー・ミヨではラインホールト・ハールト醸造所のテ
オ・ハールトが今年の醸造家の栄誉を獲得したが、妬みやっかみなどはなく、親戚同士で農機具を共同利用するほ
ど仲はいいそうだ。

村はずれに近いヨハン・ハールト醸造所の白い壁には藤の枝が這い、その季節には見事な紫の花で彩られる。かつ
てケッセルシュタット家の所有であったという醸造所の建物の一階に酒蔵はある。奥にすすむと斜面の下を堀抜いた
空間になっており、発酵に用いるステンレスタンクが並んでいる。壁の片隅からは地下水が染み出し床を濡らし、空
気をしっとりと冷やしていた。別の部屋には伝統的なフーダー樽が、まるで押し込まれているようにして並んでいる。
近年では大半をステンレスタンクで発酵し、フーダー樽発酵はシュペートレーゼ以上の一部に留まる。


醸造所のケラー。

2006年産を中心に9種類を試飲した。
2006年は容易な年ではなかった。ボトリティスの他にも、果梗がしおれる症状が目立った。ボトリティスはそれほど深
刻ではなかったが、果梗のしおれた房は使い物にならないので除去した。例年10月25日頃から11月まで続くリース
リングの収穫作業は、2006年は10月2日から始め20日には完了。果汁糖度は2005年並の高さになったが、収穫量
は例年の80hl/ha前後に対して50hl/haに留まり、生産量も約15%減った。
しかし、その出来栄えは素晴らしいものがある。おしなべてクリーンで生き生きとしており、素直な柑橘のフルーツ感
がミネラルと調和している。果実味は適度に濃厚で曇りが無く、モーゼルらしい繊細さを備える。2005年産は落ち着
きと深みが現れ、飲み頃に入りつつあるようだ。2006年のゴルトトロプヒェンのアウスレーゼはクリーミーで濃厚な蜂
蜜にレーズンのヒント、アフタにミネラルが明瞭に感じられる。同年ゴルトトロプヒェンのベーレンアウスレーゼは気品
に満ちた力強い蜂蜜。見事な出来栄えであった。






1985年からは醸造所を引き継いだゲアトは、1971年には醸造所で仕事をしていたというから、ワイン造り36年のベテ
ランだ。娘さんが二人いるが、長女は銀行家に、次女は薬剤師に嫁いだ。息子はいない。だが、料理人をしていた甥
っ子が醸造家を目指し、ヘイマン・レーヴェンシュタイン醸造所やエムリッチ・シェーンレバー醸造所で研修したとい
う。600年を超える醸造所の伝統は、どうやら将来へも引き継がれそうだ。

ちなみに、醸造所は民宿も経営している。一泊一部屋42ユーロ(2人)。ピースポート村とそのワインを満喫出来ること
は間違いないだろう。詳細は醸造所HPにて。



ヨハン・ハールト醸造所
Weingut Johann Haart
Sankt-Michael-Strasse 47
54498 Piesport/ Mosel
訪問直売:月〜金 8-19、土日 8-16(要予約)
Data
所有面積  6 ha
年間生産量 約50,000本
葡萄品種: リースリング 96%, その他 4%
平均収穫量: 80hl/ha
個人的評価 ☆☆☆

(2007年5月)




トップへ
戻る