とりあえず自宅で飲んだワインと、それにまつわる話題など、気が向いた時に書いていこうと思
います。で、本日のワイン。
トリアーの中心部から少し外れた、モーゼル河沿いにある醸造所。入り口の聖ヤコブの像が目
印。ナポレオンによる聖界所領解体に伴う教会関連施設の再編成により、市内にあった複数 の慈善施設−救貧院、孤児院、らい病患者収容施設−が統合され、1804年に現在の場所に 設立された。敷地内には醸造所とともに、養老院と病院があり、ワインの収入がその運営にあ てられている。
1999年に醸造主任がシュナイダー氏に交代し、発酵も伝統的なフーダー樽からステンレスタン
クへ切り替え、ワインのスタイルもクリーンでフルーツのアロマがはっきりしたものになった。そ れと同時にブルグンダー系辛口−ヴァイスブルグンダー、グラウブルグンダー、シュペートブル グンダー−にも力を入れ始めたが、リースリングに比べるとあまりぱっとしない印象が否めな かった。
今回飲んでいるのは醸造所はじまって以来のバリック仕立のシュペートブルグンダー、つまり
ピノ・ノアール。モーゼルでも少しづつではあるが、アールやバーデンに迫るシュペートブルグン ダーも出てきている。そのトップクラスと言って間違いないのはベルンカステル・ヴェーレンにあ るマルクス・モリトー醸造所のものだろう。バーデンのベルンハルト・ヒューバー醸造所のアドヴ ァイスをうけながら醸したというそれは、良くも悪くもモーゼルらしさが無い、一種国籍不明な、 しかし完成度の高い赤ワインだ。ワインの出来もさることながら、圧巻なのはボトルの分厚さ と、瓶底の凹みの深さである。世界で一番ごつい−たぶんロマネコンティよりも−ボトルかもし れない。
このホスピティエン醸造所のバリック仕立のシュペートブルグンダーも、価格はモリトーの半分
ほどの12.50Euroながら、なかなか良い仕上がり具合だと思う。バリック仕立て−慈善協会所 有の森から切り出した樫の木から、モーゼル地元の樽職人が仕上げた、まさに自家製の樽で ある−とはいいながら、バリックのヒントは平均収量を約40hl/haに抑えたというフルーツの力 強さにややおされ気味で、かろうじてヴァニラがあるかなしかに漂う程度に大人しい。10ヶ月の 樽熟成を経て瓶詰め間もないせいか、まだ堅くつぼみの状態。しかし全体にバランスよくまとま っている。フルーツのヒントは赤と紫の果実−木苺とプラム−、アフタにほどよいタンニン。今 はまだやや無口で、あと少なくとも2,3年は寝かせたい。
それにしても、このまとまりのよさは、地元の葡萄と地元の樫による樽の組み合わせならでは
かもしれない。2002年産はわずか600本のリリースだが、2003年産はあの猛暑のお陰で100エ クスレ前後までに達した収穫から、ノーマル、ゴールドカプセル、バリックの3種類のシュペート ブルグンダーをリリースする予定だという。
ホスピティエン醸造所は2001年以降毎年質に対する意識を高めており、それは例えば2002年
産からピースポーター・ゴルトトレプヒェンの一角シューベルツライを区分けして収穫、醸造して いることからも伺える。そうした努力はまた、ワインの味にも現れていると思う。モーゼルの他 のトップクラスの醸造所にはまだ1歩半ほど遅れをとっているけれど、ザールのシャルツホーフ ベルガー、ゼーリガー・シュロス・ザールフェルザーをはじめ、所有する畑のポテンシャルは充 分に高い。
ちなみに2003年産リースリングは、収穫時の糖度が高かかった一方で酸度がやや低かったた
め、辛口はアルコールが高めの、醸造主任の印象ではややモーゼルらしくない仕上がりになり そうだという。一体どんなワインなのか、楽しみである。
(2004年2月)
テイスティングノート Feb. 19. 2004
ここはラインガウで近年最も注目されている醸造所のひとつだと思う。注目されている理由の
一つは当然ながらワインの質の高さだが、もう一つの理由はボトルに使われている栓である。 王冠−ビールでお馴染みのあれ−なのだ。
P.J.キューン醸造所では、2001年産から他の醸造所に先駆けてコルクの代わりに王冠を導入
した。自然のコルクを用いた場合、いわゆる『ブショネ』と呼ばれるコルク臭がワインについてし まう確率は、良質のものでも約5%、質が落ちるものでは30%にものぼるという。TCA−トリク ロラニゾールTrichloranisolという物質がブショネの犯人であることは判明しているが、現状では 自然のコルク以外の材質を用いて栓をするよりほか、そのリスクは回避する術は無い。問題 はコルク以外で、数十年にわたってワインに悪影響を及ぼすことなく、確実に保管できる栓は あるのかという点だった。
答えは意外に身近な、よく知られた所にあった。シャンパーニュである。といっても例のマッシュ
ルーム型のコルクのことではなく、シャンパーニュが瓶内二次発酵後、澱と一緒の状態で熟成 される期間−15ヶ月から長いもので10年以上に及ぶ−ワインを守っている栓は、レギュラーサ イズのボトルの場合、大抵王冠なのである。その王冠はデゴルジュマンの際に取り外され、コ ルクに付け替えられる。シャンパーニュのボトルの口をよく観察すると、王冠が嵌るようにビー ル瓶と似た構造になっているはずだ。
P.J.キューン醸造所のボトルは、ぱっと見では王冠とは判らない。ホイルキャップを剥がすと、
王冠の上に白い小さな合成樹脂製のフタが被さっていて、これが王冠の形をカモフラージュし ている。それをはずすと、メタリックなステンレスの王冠が現れる。これは、コルク抜きでは開け られない。普通の栓抜きを持ってきて、ビールの栓を抜くようにして開ける。わりとがっしりした 王冠で、普通の栓より少し手ごたえがある。王冠の裏側、ワインと接触する面には、合成樹脂 の内張りが施され、腐食を防いでいる。
やや控えめな若々しい香り。まだ緑色をして、食べると酸っぱそうなグレープフルーツの皮を剥
いた時、あたりに飛び散る香り。気をつけるとちょっぴりパイナップルのヒント。味も第一印象は フレッシュな柑橘、舌の上でフルーツとミネラルのボリュームを感じる。黄色から緑の新鮮な柑 橘−グレープフルーツとライム−の風味を中心に、ミネラルのアクセントがしっかりとして、アフ タにもミネラルがとりわけ長く残り、飲み下したあと、舌の上でフルーツとミネラルが力強くいつ までも香り続けるとともに、喉の奥から柑橘の香りとアルコールの温かさが照りかえってくる。 閉じているが、凝縮している。アルコール度12%。12.50ユーロ。飲んだ後に舌を軟口蓋に押し 付けると、果汁が舌から滲み出してきそうな気がした。アタックはいまひとつだが、アフタの力 強さが、一滴一滴エッセンスのように充実したワインであることを示している。しかし二口、三口 と飲んでいくうちに、舌の上にミネラルが積もって感覚が鈍くなり、ワインが大人しく感じられる ようになってきた。何か食べながら飲んだほうがいいかもしれない。
この醸造所のワインに初めて感動したのは、2001年産のオストリッチ・レンヒェンのシュペート
レーゼ甘口だった。口に含んだ瞬間の、完熟したフルーツの塊の感触は、それまで経験したこ とのないものだった。それ以来時々飲んでいるけれど、クリーンで充実した果実味は、他の造 り手にはない素晴らしいものだ。でもたまに、こってりしているだけで酸と複雑さが抜けているよ うな感じで、ちょっと物足りないな、と思うこともある。ちなみに、レンヒェンLenchenの畑の収穫 は甘口で、QbA、カビネット、シュペートレーゼといったドイツワイン法の肩書きを用いるが、ド ースベルクDoosbergの収穫は辛口に仕立てられ、葡萄の房の数で収穫時の糖度に応じた段 階に分けている。房一つがカビネット、房二つがシュペートレーゼに相当する。その上は『エア ステス・ゲヴェクス』となる。
若々しいワインだった。まるで瓶詰めしたての新酒のように若々しい。今この状態でも充分に
美味しいけれど、今後果たしてどういう熟成を見せるのだろうか?シャンパーニュの様な還元 香が出るのだろうか。少し気になるところではあるが、きっと繊細で綺麗な古酒になりそうな気 がする。
(2004年2月)
テイスティングノート Feb. 20 - 25, 2004
2003年産の瓶詰めされた新酒を飲むのは、今年これが最初。大抵の醸造所は3月から瓶詰
めするが、近年は年明け早々から始めるところもある。瓶詰めは気軽に飲むタイプのワインか ら始まり、いわゆる「大きな」ワインは後になる。今日のこれは畑名なしのグーツリースリング、 つまりハウスワインだ。
気軽に飲むべきワインにしては、たいそう立派で丈夫なボトルを使っている。ずっしりと重く分
厚く、手に取った時はちょっと驚いた。普通の醸造所ならば、シュペートレーゼ以上の長期熟 成できるワインに使いそうな位だ。コルクもまた、肌理が細かく上質で、コストをかけている。こ れだけ見た目がいいと、味への期待も自然と高まってくる。
さて。シトラス系の爽快な香りで、フレッシュそのもの。味もフレッシュ&フルーティ、黄色い柑
橘。普及価格帯6.70EuroのQbAグーツワインらしく、素直なフルーツ感だ。たっぷりしていてア ロマティック、青リンゴにメロンのヒント、中盤からアフタにかけて出てくるミネラルの渋みが、そ こそこしっかりとして、青リンゴの酸味と一緒にアフタにしばらく残る。クリーン&フルーティ、さ っぱりとして綺麗な辛口リースリング。
この醸造所はゴー・ミヨ、アイヒェルマンの両ガイドでもそれぞれ4つ房と5つ星と、大変評価が
高い。グーツワインでこの味ならば、畑名つきのワインは一体どんな味だろうか。いつか飲ん でみたいと思う。
土壌のミネラルに由来する香りがはっきりしている。ウールのセーターを手洗いしたときの匂い
に一番近い。口に含むと辛口で、アルコール度(11%)に由来する少し浮ついたボディに、柑橘系 のフルーツ。レモンの酸味が一本通って、アフタにかけてミネラルと一体になり、そこそこ長く続 く。ややシンプルでフルーツ感は今一歩だが、食事と一緒に飲む辛口の酒としては充分だ。 5Euroという手ごろな価格もうれしい。また、小さな醸造所らしいどこか素朴な、やさしい個性が ある。
小規模といっても、畑は12ヘクタール。その80%がリースリングで、次にミュラー・トゥルガウ、ド
ルンフェルダー、その他の品種という割合。平均収穫量は80hl/haとやや高めだ。1997年度ゴ ー・ミヨの『今年の新発見醸造所』に選ばれ、ワインの評判も上々だったが、昨年醸造所のオ ーナーが急死。樽の中だった2002年産ワインは、主を失って一時忘れ去られたように放置さ れたという。7月に女性ケラーマイスター、ザビーネ・ハーベニヒトさんが後を引き継ぎ、馴れな い重責を背負いながら奮闘しているという。そういう話を聞くと、つい応援したくなってしまう。
ミネラルの香り、味からすると、畑と葡萄のポテンシャルは充分。もうすこし収穫量を切り詰め
て、果実味の凝縮したワインになれば、と思う。
ミネラルに由来する濡れたセーターの匂いが少し、品種に由来する柑橘とマスカット香がほん
のり。素直な果実味が比較的たっぷりとして口当たりよく、酸味はややもったりとして控えめだ が、バランス良く飲みやすい甘口。3.50ユーロとしては上々だけど、グラス3杯目で飽きてき た。大勢でワイワイ飲むのに向いていると思う。
ちなみにヴュルツァーはゲヴルツトラミナーとミュラートゥルガウの交配品種。1930年代にライ
ンヘッセンのアルツァイ葡萄品種研究施設で開発され、現在でも主にラインヘッセンで少量栽 培されている。
個人的に、一番好きな葡萄品種はピノノアールである。
リースリングも好きだけれど、ピノノアールの香水の様なフルーツ香には、官能的で抗しがたい
魅力がある。リースリングはどちらかといえばストイックで、テロワールをよく反映して個性的な ワインになり、香りからいえば柑橘の緻密さ、複雑さ、それにミネラルが加わり、時にスパイシ ーなニュアンスが興を添えるが、脳幹にストレートに訴えるまでには至らない。しかし上出来な ピノノアールは、悩殺の魅力を漂わせることがある。薄いベールをまとった美女を彷彿とさせる 香りは、理性を超えて惹きつけてやまない。
その極めつけは、やはりブルゴーニュの腕利きの造り手によるグランクリュにとどめを刺すだ
ろう。アンリ・ジャイエ、アルマン・ルソー、ミシェル・ゴヌーなどは、ごくたまにありつく機会があ り、いまだに忘れがたいけれど、その度に俺(ブルゴーニュを飲む時は、僕ではなく俺になって しまう)はこいつが世界一好きだ!と心底思ったものだ。しかしDRC−自分で買ったことは一 度もないが−になると、今度は背筋がピンと伸びて、トップモデルを前にした時のように緊張し て、半ば崇拝するようにして飲ませてもらっていた。貧乏なワイン飲みのさがとでも言うべき か。
学生に戻ってからは、ブルゴーニュなど高嶺の花である。グランクリュはおろか、プルミエクリュ
ですら手が出ない。ブルゴーニュまで電車でせいぜい5時間程度なのだが、ドイツではブルゴ ーニュは日本で買う値段とそんなに変わらない。また、品揃えも日本の方がドイツよりもはるか に充実している。また、ドイツのピノノアールも、ブルゴーニュに迫るもの−例えばバーデンの ベルンハルト・ヒューバー醸造所、ドクター・ヘーガー醸造所、ベルヒャー醸造所、フランケンの ルドルフ・フュルスト醸造所などのトップキュベは、けっこうな値段−20ユーロから30ユーロ前後 −から、である。手ごろなキュベは12ユーロ台からあるが、フルーツ感たっぷりな飲み口のい いワインで、悩殺の魅力には至らない。
先日、近所の酒屋でハンガリーのピノノアールをみつけた。
12.80ユーロで、決して安くはないが、手の出ない値段でもない。人件費の安いハンガリーでこ
の値段ならば、もしかするとドイツのものに比べてコストパフォーマンスが期待できるかと思い、 買ってみた。
第一印象は、カリフォルニアの上出来なピノノアールを彷彿とさせる。
ノンフィルターのワインの様に軽く濁っている。香りはグラスの中で深く広く広がり、大ぶりのブ
ルゴーニュグラスでこそ本領を発揮しそうだ。鼻腔の奥まで達する、葡萄の皮をジャムにしたよ うな濃密なベリー系の香りにヨーグルト、なめし皮のヒント。鼻の奥でいつまでも香りの印象がく っきりとが残る。これは、香りだけでも値段の価値はあるかもしれない。
味は複雑さにはわずかに欠けるものの、赤から黒にかけてのベリー系のジャムの甘みにわず
かにヨーグルト、黒土、少し粘土、タンニンがほどよくフルーツを下支えしたミディアムボディ。ア フタに煮詰めたベリーの凝縮感が残る。期待通りの魅力的なピノノアールで、造り手の野心が ひしひしと伝わってくるようなワインだった。
ハンガリーといえばトカイが有名だが、極甘口を除いては安ワインの産地というイメージが強
い。ドイツのスーパーマーケットでも地理的に近いこともあって時々見かけるが、ほとんどが2ユ ーロから5ユーロ前後の日常消費用ワインである。このワイナリーはサシカイアの醸造所とドイ ツのチューニング車メーカーでワイン商社アルピナ、それにスーパー・タスカンのエノロジストの ひとりでハンガリー生まれのチボル・ガル氏が出資して1993年に設立、2002年からアメリカの ワイン商コブランド・コーポレーションがアルピナに替わって経営に参加している。造り手である 自分の名前をワインに冠するあたり、ガル氏の自信の程が伺える。
(2004年2月)
イタリアワインは、何故か食欲をそそるように出来ている気がする。
このサンジョベーゼのほのかに血を思わせる鉄の混じった果実香は、トリュフとよく合いそう
だ。舌の上でもたっぷりとして瑞々しい。赤いベリーに紫の花−スミレの香り。アフタの控えめ なタンニンは、料理の邪魔をせず、かといってそっけない訳でもなく、さりげなく自己主張してい る。こういうワインが4ユーロ以下で出来てしまうところが、イタリアの素晴らしいところであり、ま たあるいは現代の醸造技術の素晴らしさでもあるのかもしれない。
数年前、北イタリアのヴェネツィア近郊へ、ドイツから車で行ったことがある。
アウトバーンを飛ばして南ドイツからアルプスへ入り、オーストリアの山岳に囲まれた盆地のよ
うな地形を抜けてブレンナー峠を越えると、イタリアである。高速道路の舗装もガードレールも 急にひなびて、あぁ、イタリアって貧しいんだな、と思った。ヴィチェンツァの町は気のせいか、ド イツよりは日本に似た雰囲気をしていた。雑然としていて計画性がなさそうに見えたからか、あ るいは空気に海の気配を感じたからなのか、定かではない。ドイツに住んで4年目に入った頃 のことだ。
その町には友人の実家があった。伝統的な石造りの古い町並みも残っているが、こじんまりと
した所で、見るべきところはあまりない。親戚の殆どが近郊に住んでいて、お互いなんの前ぶ れもなく訪れてもいいとかで、実際事前に連絡した様子もなく、隣町の親戚を訪れた。農家で、 醸造所ではないがワインを自家消費用に造っているから、見せたかったのだそうだ。僕達が行 ったとき、既に他の親戚が遊びに来ていて、納屋の片隅にある地下室でふたつほど並んでい るワインの樽を見てから台所にもどったら、また親戚だがご近所の人が増えていた。
「東洋人が来ているってよ」「ワイン好きらしい」「ワインなんて、そいつ飲んだことあるのか?」
そんな噂話が、あっという間に広まったのかもしれなかった。
その時飲んだのも、こんな味だった。素朴でありながらもしっかりとした赤ワインで、まっとうな
味をしていた。それに比べるとモーゼルのワイン農家が流行に乗り遅れまいと、近年はじめた ばかりの薄っぺらな赤は、まったくといって良いほど話にならないな、と思った。
「日本なら、これいくらぐらいで売れるかな。」という友人の質問に、1000円くらいかな、と適当に
答えたら、「おい、10ユーロだってよ」「マジ?それ、おいしいじゃん」−と言っていたかどうか断 言は出来ないけれど、そんな感じで急に真剣な雰囲気になり、少し冷や汗をかいた。
それにしても、このサンジョベーゼは素直に美味しい。最近安ウマワインには少し飽きてきてい
たけれど、やっぱりもう一本買っておこうかな、と思った。
(2004年3月)
テイスティングノート March 12 2004 (1)
エコワインと呼ばれる有機栽培したブドウから作ったワイン。
出来の良いエコワインは、他にない独特の個性を感じさせる。通常の農薬を用いた栽培法か
ら有機農法に切り替えてから1、2年は病気と害虫の被害が格段に増えるが、それを乗り越え ると被害の程度はもとに戻るという。畑の中の益虫と害虫の生態系の新しい秩序が出来上が るとともに、ブドウの樹の生命力も強くなるからだ。ブドウの樹にとってのエネルギー源は太 陽。それを受容するのが葉である。ブドウの実は葉が受けたエネルギーをもとに形成され、成 熟する。そしてブドウの房を減らせば、相対的に一房あたりの葉の数は増える。多くの葉から 集まったエネルギーが、数少ない房に凝縮して蓄積され、それが味に反映される。
このワインは、そんなワインのひとつだ。
すこし重く閉じ気味の香り、完熟した柑橘、赤から黄色のリンゴ、ミネラルのヒント。
ボリューム感のあるアタック。濃い目のフルーツに、ザールのワインらしい、きめ細かなしっか
りしたミネラルがからんでいる。アフタにかけてミネラルが優勢になって、フルーツを包み込み、 舌の上にたっぷりと残る。柑橘、黄色いリンゴ、少しパイナップル、ナッツ。立体感のあるボデ ィ。酸味はフルーツの影に隠れて目立たない。いつまでも飲み飽きない上出来の辛口で、あっ というまに一本空になりそうだ。アルコール度13.5%、12.50Euro。
ちなみに、ヴァイングート・ヘレンベルクという名前の醸造所が同じザールのゼーリヒ村にあ
る。ベルト・シモン氏が所有するVDP加盟醸造所だが、このショーデン村にあるヴァインホフ・ ヘレンベルクとは関係ない。どちらも所有する葡萄畑からとった名前で、昔教会関係の所領だ った畑によくある名前なのだ。「主よ、救いたまえ」と祈る時の『主』にあたるのが、ドイツ語で 『ヘル』。だから日本語なら「主の葡萄山」といったところか。 テイスティングノート March 12 2004 (2)
2002年からリリースを始めたキュベ。
オーナーのヨアキム・ツィリケン氏が理想とするワインは、蝶のように軽やかに舌の上を舞うワ
インであるという。彼のイメージ通りのワインになっているかどうか、さて。
香りはミネラルと柑橘、洋ナシの香りが一緒になっていて、まだ少し大人しい。
口当たりがやわらかい。昨年は軽い印象を持ったが、今飲んでみると濃く、少し重く感じられる
ほど。オレンジ系の柑橘。飲み進むにつれて甘さとミネラルが目立って感じられる。酸は少しも ったりとした感じ。補糖でアルコール度11.5%まで高め、残糖22g/Literに残した。簡単に言えば 中辛口寄りの甘口だが、そのさじ加減にはかなり神経を使ったことだろう。
口当たりの柔らかさが、いかにもツィリケンらしい。微妙なバランスで甘さ、酸味、ミネラル、ボ
ディが組み合わさっている。それは、つんと指先で一突きすると、くずれそうなほど微妙だ。
飲み進むにつれて、そのバランスが右へ左へとゆらぐのがわかる。甘い様な、甘く無い様な、
重いような、重くないような。ミネラルがしっかりしてるような、それほどでもないような。掴みど ころがなく、捕らえようとすると違う側面を見せるので、補虫網を持って蝶を追いかけているよう な気分になってきた。
なるほど、これはバタフライだ。軽やかとまではないが、ゆったりと重そうに羽ばたく蝶だ。
しかしこれが空高く舞い上がるのは、まだ当分先のことだろう。
(2004年3月)
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